けがをしにくい体の使い方が身につく 自分の限界にチャレンジ! 「パルクール」

スペシャルインタビュー“YUUTAROU x 898 x Atsushi Sasaki”「パルクールが日本を変える」写真・取材&文:中西あゆみ スペシャルインタビュー“YUUTAROU x 898 x Atsushi Sasaki”「パルクールが日本を変える」写真・取材&文:中西あゆみ

2021.3.8

人生でここまで夢中になったものはなかった

パルクールパフォーマー 898(YAKUWA)

真っ赤なモヒカンに赤装束。異様なまでの存在感を放ちながら見せる圧倒的なパフォーマンスには、誰もが引き込まれる。898(ヤクワ)さん(27)は、「魅せるパルクール」にこだわるパフォーマーだ。パルクール歴12年、monsterpk(モンスターピーケー)オリジナルメンバーの一人として、シーンを牽引してきた。

その赤い瞳から目をそらすことは難しい。しかしアグレッシブな見た目とは裏腹に、言葉の端々に優しさが溢れている。名前を覚えてもらうため、本名の「八鍬(ヤクワ)」を数字で表記することを思いついたという。コーチとしても幅広い年齢層を指導する。

MISSION TOKYOで前に飛びながら側方宙返りする「トンネル」という大技をする898さん。

「小学校低学年ぐらいまでは怪獣みたいな子どもだった」という898さん。
「エネルギーが有り余って。ちっちゃい頃とか昼寝も全然しない。公園で一日中ずっとあそばせても体力が尽きず、気付いたらすごく高いところから飛び降りていたそうです」。

そんな幼少時だったが、小学校高学年から中学生になるにつれて大人しくなっていったという。ほとんど友だちとあそんだこともなかったそうだ。勉強が好きで、学校の成績も悪くはなかったが、中学時代はほとんど「ずっと部屋に引きこもっていた」という。

最初にパルクールに挑戦したときは「怖かった」

パルクールとの出会いは中学3年生。テレビでSASUKEという番組を見ていたときだったと言う。
「外国人の方が出ていて、ファーストステージで宙返りを入れてたんです。当時の僕的には、どんどんステージを上がっていけることがすごいのに、さらにその中にパフォーマンスを入れてくるところに魅了されました。ワードを聞いた瞬間にその場で検索して。初めて聞く単語だったので『パルクール』って何だろうって」。

当時は、「海外ではすでにフランスのYAMAKASIが出ている『YAMAKASI』というタイトルの映画や、僕らよりも前の世代の人たちがパルクールを始めるきっかけになった『JUMP LONDON』というドキュメンタリー映画が世に出ていた」が、海外からの情報はなかなか入ってこなかったそうだ。

「深く探していかないとそういう映像も見つかりませんし。あとやっぱり当時中3だった僕には英語というのはわからない言語でした。解読できないものとして線引きしていましたね」。

前に飛びながら側方宙返りする「トンネル」という大技。

そんななかどのように独自でパルクールを習得したのだろうか。
「独自と言うより僕的には同年代にもう仲間がいました。ユウタロウくんやゼンくんとか、今のクルーの中でも何人かその当時から知ってる子もいます。もう11〜12年になります。その友だちと毎日、『今日は横浜のスポットいこうよ』って」。通行人の迷惑にならないよう気をつけながら、二人一組で練習したという。

一個一個自分を説得してあげることが大事

最初にパルクールに挑戦したときは「怖かったですね」と898さん。
「僕もともとめちゃめちゃビビリな方だと思うので。同い年で同じ時期に始めた子がパッとできちゃう技も、怖くて全然挑戦しませんでした。この技苦手なんだよなって避けてきました」。

両手をついて障害物を飛び越える大技「コングヴォルト」

現在は「ある程度のことはできる」という898さん。「今思えば、逆にその頃はできる動きしか練習しなかった。昔から、側宙、横に回転するのが楽なので好きだったんですけど、それをやり続けて極めるようになった。できない動きを避けてたからこそ、できる動きが伸びた」という。

そこが、苦手なものや恐怖心の克服に繋がる部分ではあるが、「恐怖心が全くない状態はない」と898さんは言う。
「やっぱり一個一個自分を説得してあげることが大事だと思いますね。練習して克服できるものもありますし、やってみないとできるかどうかわからないっていうものもある。その一発目にリスクがあるっていうのもある。例えばここ(ビルの3階)から、地上から3階分ぐらいの高さの別のビルまで飛び移れるか。それをやるのであれば、まずは地上から。地面に線を引いて同じ距離を飛べたら3階でやっても同じこと。じゃあ何で3階になると怖いのかっていうと、失敗した時のリスクとして踏切で足が滑る。着地出来ない。いろんなことがあると思うんですけど、そういうのも全部回避を想定した上で僕はやるようにしています」。

失敗するとしたらどう落ちるかということまで想定する

これからやろうとしているジャンプに対して「失敗するとしたらどう落ちるかということまで想定する」という。

こう落ちれば怪我が少ないと想定するだけでなく、「例えば足で着地できて体重がのらなかった。それで後ろに落ちそうになるけど、足を外して手をかければそれはもう失敗じゃない。いろんな回避の動きがある」と898さんは言う。

キドキド有明店で、狙った場所に精密に着地をする大技「プレシジョン」を披露する898さん。

それが子どもの指導にも繋がっていくという。指導するようになって間もないころは「自分なりによく考えずに『固いところに膝つかないで』とか言ってたんです。でもあんまり子どもが理解していないことに気付いて。固いところで膝を付くと痛かったり、スピードが落ちる。それを子どもたちにも伝えると理解する子が増えました」。

指導する上で、子ども自身がしっかりその意味をわかった上でやっていることを意識するようになった。そこには、失敗するとどうなるかも含まれるという。

「失敗の想定は、僕はわざと相当大げさにやったりします。絶対に怪我はしてほしくないので、例えば『今日はこの動きを練習します。でもこの動きだけやめてね。この動きを間違ってするとこうなります』と言って、かなり大げさに派手に失敗してみせる」。

それで自分が怪我をしそうになったりもするそうだが、見た目でリスクがあるのをわかった上で気を付けてやってもらいたいという思いがある。それを見て子どもが怖気付いてしまうこともなく、むしろ理解して挑戦できるという。「『わー危ない』とは言うんですけど、その前の一個一個の段階っていうのを知ってるので、順番にこれをやっていけばいいんだというところに繋がっていると思います」。

側方で宙返りする大技「サイドフリップ」を披露。

子どもたちにとって最初のきっかけは、「ビルからビルを飛ぶようなすごい技という印象だと思う。パルクールは、それをどうやったらできるようになるのかを知る方法」だという898さん。キドキドの施設プロデュースに携わった今回、子どもたちが見よう見まねであそぶことになる前提でこだわったことはあったのか。

「使用する器具の素材もすごく考えられてますし、まず怪我をしないようにというところを第一に、設計、構成、器具の配置や置き方を考えた結果が出ていると感じます。実際に子どもたちが動き、あそぶのを見ましたが、その中で自分たちが想定していた『コースを作ってあそぶ』という姿を見られたのは嬉しかったですね」。

自分がまず楽しいっていうことをいろんな人に伝えたい

パフォーマーとしてもその名を知られている898さんだが、パルクールは特別な道具を使わないからこそ心かげていることがあるという。「そこにあるのは、見ているみなさんも現実的に感じる距離感とか高低差だと思うんです。それを回転しながら飛び降りるとか、日常の中の非日常の演出を意識するようにしています」。

キドキド有明店で、子どもたちにヴォルトボックスなどのパルクールの道具を使ったあそび方を指導する898さん。

パフォーマンスとしてのパルクールは、「エンターテインメントとして楽しいことが大事」だという。「シンプルに、『こんな距離飛ぶんだ、すごい!人7人も飛び越えちゃうの?』みたいなわかりやすいすごさ」を見せるよう努めているという。

ファッションや髪の毛、瞳にいたるまで、全身赤で統一するスタイルは、6年以上貫いている。実際に話をしていて瞳を覗き込んでくる子どももいるそうだ。
「パフォーマンスをする時に限らず、コーチをするときも、まず興味を持ってもらうこと。なんで全身赤いの?なんで髪そんなに立ってるの?ってところに興味を持ってもらって、入り口に入って来てもらう」。

子どもたちに壁の伝い歩きなどパルクールの道具を使ったあそび方を指導する。

「自分がまず楽しいっていうことをいろんな人にすごく伝えたい」と898さんは言う。「僕、人生でここまで夢中になったものはなかったんですよ。中学までまともな運動経験がなく、そこからパって始めたものが今12年続いていて、仕事にもするようになって。今まで生きて来た27年間で、パルクールぐらいハマったモノってなかったので、やっぱりそれだけの魅力があるんだと感じています。それをなるべく多くの人に伝えたいですね」。

パルクールのゴールは宙返りをすることじゃない

898さんが指導する年齢層の幅は広く、なかには50代の会員もいるそうだ。ある程度年齢を重ねてからでも技をこなすことは可能だという。
「50代の方も、始めて2〜3年ぐらいになりますが、狙ったいい動きができるようになってきています。回転もそうですし、レールの上に着地をするとか。ちゃんとコントロールできている。年齢関係なく難しい動きだと思うんですけど、できるようになっています」。

とはいえ、大技をするためには、始めるのが若いに越したことはないそうだ。
「僕は中3で始めましたが、今のキッズを見ていると自分も小学生から始めていたかったと思います。今ジムに来ている子で、僕らがやるのに5年かかったような大技を小6とか中1でポンポンやるんですよ。やっぱりちゃんと基礎から教わってるし、環境も整ってるって言うのはこういう強さがあるんだなと日々感じながら、負けじと練習しています」と898さん。

後方の宙返りをする大技「バックフリップ」を披露。

「パルクールはやってみると印象がすごく変わる。やればやるほど、一個のシンプルなジャンプに含まれている要素の複雑さに気付くと思う」というが、それでは、より多くの世代がパルクールを経験することはできるのだろうか。

「一番ネックになっているのがその凄技さという部分なのかなと。ただ、まず関心を持ってもらうというのがあります。パルクールのゴールって宙返りをすることじゃないんですよね。自分ができなかった動きができるようになる。お年を召した方だったら、自分が今できる動きを明日もできるようにする。その一個一個自分が作ったゴールをクリアしていくのがパルクールだと思いますね。そこを伝えられればちょっとハードルを下げられるかなと思います」。

幅広い考え方を許容できるようになった

実際に欧米では、パルクールは教育だけでなくリハビリや介護など福祉の分野でも取り入れられているそうだ。シンプルな体の動きから凄技まで、広い領域で認識されているという。多種多様な人たちが自由に参加することのできるカルチャーとして認知され、それが898さん自身にも影響を与えた。

「お年寄りのリハビリの団体があって、公園に集まって練習したり。ベンチに座って足を上げて。それもパルクールです」と898さんは言う。

両手を着いて足を先に出し、障害物を越えていく大技「カッシュヴォルト」を披露。

「僕ルームシェアしてたんですよね。ユウタロウとかも一緒に住んでたんですけど。その時、海外からあそびに来て日本で練習したいっていう子たちがカウチサーフィンをするんですね。一か月二か月とか自分の家にいたりするので、そこで英語を学んだり。海外の方は考え方や感じ方が違う人も多かったので、すごく世界が広がりました。幅広い考え方を許容できるようになりました。人種や性別も関係なく。

女性に指導する時にも柔軟に考えられるようになりました。女性より男性の方が力がある場合が多い。だから優しめのメニューでやると余裕でできる人もいるので、決めつけちゃいけない。耳が聞こえない方もレッスンにいらっしゃいました。僕が伝える手段を持っていなかったので、身振り手振りを大きくして、パッションで伝えました。そこだけで乗り切りましたが楽しんでいただけたようです。それを聞いた時はすごく嬉しかったですね」。

近い将来、パルクールがオリンピック・パラリンピック競技となる可能性もある。障がいを持っている人にとっては「動きが制限されるハンデがある」ものの、「一個一個自分でできることをやっていく」という意味でパルクールは誰もができるものだと898さんは言う。より広く普及することが「社会貢献にも繋がる」と考えている。

898さん。MISSION TOKYOにて。

All photos & text by Ayumi Nakanishi

中西あゆみ

フォトジャーナリスト・ドキュメンタリー写真家・映像作家 サンフランシスコ州立大学ジャーナリズム学部卒。米TIME誌、Honolulu Star Bulletin紙、クーリエジャポン誌などを経て、2010年よりジャカルタを拠点に活動。弱者に手を差し伸べ、革命を起こすパンク・バンドの長編ドキュメンタリー映画を制作更新する。同映画は各国で公開。

www.ayumi-nakanishi.com