けがをしにくい体の使い方が身につく 自分の限界にチャレンジ! 「パルクール」

スペシャルインタビュー“YUUTAROU x 898 x Atsushi Sasaki”「パルクールが日本を変える」写真・取材&文:中西あゆみ スペシャルインタビュー“YUUTAROU x 898 x Atsushi Sasaki”「パルクールが日本を変える」写真・取材&文:中西あゆみ

2021.3.11

パルクールは今の日本を変えるものになる

株式会社トリデンテ代表取締役 佐々木惇

「スポーツ界を改革する」べく、佐々木惇(ササキアツシ)さん(36)は株式会社トリデンテを立ち上げた。大胆な発想とバイタリティ溢れる行動力で、企業のマーケティングやプロモーション、スポーツ施設の開発など複数の事業をリードする。パルクールの普及もその一つ。アスリートがその活動を継続するための土台作りの支援だけでなく、いかに運動が社会をより豊かにするのかを提唱し続けている。

出身は東京の下町、江東区。佐々木さんは、香川県の「カマタマーレ讃岐」でプロサッカー選手として活躍した。佐々木さんの、その枠にとらわれない発想力は、すでにこの時から発揮されていた。

現役時代は、「チームにいながら、そんなにお金をもらえていたわけではないんです。自分で何かしなければということで、中学生向けの既存のサッカークラブに学習塾の機能を付け加えるという新たな事業を立ち上げた」と佐々木さんは言う。

「文武両道と言われますが、学校から家に帰り、勉強してからクラブに行くというこの時間がもったいない。学校からそのままクラブに行って、クラブハウスで学習して、練習する。練習が終わった後に、もし学習が残っていたらクラブハウスでやってから帰る。そうすると時間の効率化ができる。そういうのがいいんじゃないかって」。

佐々木さんは、グラウンドのクラブハウスに学習塾を開き、中学生に勉強を教えたという。

退団が決まっていた2011年初頭、学習塾の生徒たちの受験を見届けてから佐々木さんは帰京。その3月に東日本大震災が起こった。春から新たな就職先が決まっていたが、見送られることになったという。「しばらくは自分ができることを探す期間にあてよう」と考えていた矢先、「福島にボランティアに行かないか」と声をかけられたという。

「若くて動けて何もすることがない。そんな状況の人間は絶対に現地に行って動くべきだと僕も思ってたんです。それで行かせていただいた。震災二週間後にいわき市に入りました。アメリカのNPOと一緒にガイガーカウンター(放射線測定器)で、あらゆるところの放射線測定を行いました」。

左:プロサッカー選手時代の佐々木さん、写真中央。 右:震災直後、福島県で放射線測定のボランティアに参加した。右側が佐々木さん。(トリデンテ提供)

上:プロサッカー選手時代の佐々木さん、写真中央
下:震災直後、福島県で放射線測定のボランティアに参加した。右側が佐々木さん。(トリデンテ提供)

スポーツ界を改革するような事業をしたい

後に広告代理店に就職した佐々木さんは、スポーツ関連の事業を多く手がけることとなる。そこで培ったスポーツビジネスにおける経験とネットワークを活かし、2016年に株式会社トリデンテを設立する。

「当時就職した企業でマーケティングやスポーツマーケティングを学んだ。スポーツで生きてきた人間なので、スポーツ界に対して何かもっと改革をするような事業をしたいという思いが日に日に強まって来て、会社を立ち上げるに至りました」。

トリデンテは主にスポーツ関係の3軸の事業から成る。
「一つが企業のコンサルタントも含めたマーケティング業で、例えばプロモーションの企画からイベントまで。クリエイティブな部分を一気通貫で全てやるのが主軸の事業」だと佐々木さんは言う。

さらに土地の開発から携わってサッカー場などを経営するスポーツ施設の開発と、ベンチャー事業も手がける。
「経営しているスポーツ施設でいうと、使用料金を0にしたい。それを“スポーツ施設”として考えるのではなく、“地域の公園”だと考える。その公園を維持するために周りの企業が出資し、グラウンドを持ち合いシェアする。要はシェアグラウンドです。その企業に対して僕たちがCSR活動(企業が社会のために果たす活動)をやるという“公園化”をしているんです。

現在企画しているのが、荒廃地を農業用地として残す。農業を行いながらスポーツ施設を作る。農業とスポーツを組み合わせることで、スポーツで食べていけない人や、やりたいのにやれない人たちにも雇用を生み出す。新しいモデルケースを作ろうとしています」。

パルクールをどう世間に打ち出して行くのかをチームとしてやる

株式会社PKMのスーパーバイザーでもある佐々木さん。PKMは日本でのパルクールの普及とその事業の母体として2017年に設立された。

前職で、「ナイキの仕事でスモールサイズフットボールをカルチャー化する動きがあり、全体のプランニングとプロモーションを手がけた」という佐々木さん。その関係者から紹介され、初めてパルクールの存在を知ったという。当時チームで活動していたYUUTAROUさんや898さんが中心となり、パルクールシーンを確立するための会社としてPKMを立ち上げた。「それを『手伝って欲しい』というところから始まった」という。

「monsterpk(モンスターピーケー)というパルクールのチームがあって、それを会社化したのがPKMです。monsterpkってやっぱりアスリートであり、その体現者だったんです。それをどういうところに繋げて、どういう風に広げて行くか。このシーンをどう作って、ちゃんと食べていけるように考えるのかというところをお手伝いさせていただいた。

チームとして一緒に事業を拡大していくことをやろう。彼らのパルクールというものをどう世間に打ち出して行くのかをチームとしてやる」と佐々木さんは言う。

「みんなすごく真面目なんです。そういう人柄もそうですし、パルクールを2017年に初めて知り、そこから勉強させていただいて、現在にいたります」。

今の世界に対して非常に可能性がある

日本でのパルクールの普及に関わることになった佐々木さんだが、現在はどのような段階にあるのだろうか。
「徐々に広がりつつありますが、徐々にではなくて急加速させていきたい。3つ理由があって、一つは、パルクール自体が今の世界に対して非常に可能性があるものだから」だという。

「子どもたちの潜在能力を引き出す。シニア層の健康寿命を延伸させることができる。体を正しく動かすことで怪我をしない。そういうことを、まずパルクールの本質として伝えることができます」。

もともとフランスの軍隊のトレーニングから派生されたパルクールは「戦場からどんな状況からでも生きて帰る。そのための体の動きを身につけていく、それが本流」だという。

「本質を理解するとパルクールは危険なものではない」と佐々木さん。「体の動かし方を真摯に学んで行く。それで自分の能力を把握して自分にできる最大効率化した動きをしていく」ことこそがパルクールだという。

「子どもが今あそぶ場所がなくなっている。怪我をするから木に登らない、遊具であそばない。それで遊具が閉鎖される。じゃあどこで能力を開発し発散するのか。すごくもったいない。怪我をしない体の動かし方を学ぶと、遊具を使って、木に登ってあそべるようになる。怪我をしないあそび方ができることをきちんと教育として出していけばものすごく価値がある。パルクールは今の日本を変えるものになるんじゃないかと思っています」。

人生のプレイングタイムが増えていく

「シニア層に目を向けると、体を動かす機会がない。そこで公園でちょっと身体を伸ばす。段差を乗り越えたり、バランスをとってみる。それは全てパルクールです。体に刺激を与える。バランスを取っていくことで体の動きを生み出していく。そうすると健康寿命が延伸し、人生のプレイングタイムが増えていくんです」。

プレイングタイムとは「自分の意思のもと体を動かせる時間であり、ものすごく大事」だという。「それが増えていけば増えていくだけ、プレイングタイムを延伸させることによって、医療費の削減にも繋がる。これはもう可能性しか感じなかった」と佐々木さんは言う。

二つ目の理由は、「次のスポーツに繋がる」ことだという。
「パルクールを子どもの頃から始めて体の動かし方を知ると次に繋がる。体の動かし方を知ると基礎能力が上がる、だからいろんなスポーツにおいて高い能力を発揮できるし、楽しんでやることができる。それがパルクールの、専門性に寄らない特性」だという。

「専門性に寄ると専門性の特性が出てしまうので、できない人たちの興味がドロップアウトしてしまう。結果、スポーツそのものをドロップアウトしてしまうんです。

専門性を持った競技しかやってこなかった場合、それをやめることになると、他の競技に転向することができずにスポーツそのものをやめてしまうことに繋がる。しかし基礎的な体の動かし方を学び、より高いレベルでの能力開発ができていれば、いろんな競技に繋がる。例えば野球が合わなくても基礎ができているので、次に別のスポーツに挑戦しやすくなる。これが日本の教育やスポーツ業界ではない。だから教育の段階で身体の動かし方を学ぶべきだと。それが、可能性を感じた二つ目の理由です」。

三つ目の理由は「競技の見栄え」だという。
「パルクールはプロモーションの観点からしても非常に見栄えがいいんです」。

体の動かし方を学んで自分の機能を高めていくことができる

パルクールの「本流本質としてあるのはやはりトレーニング」だと佐々木さんは言う。「トレーニングから派生したものがカルチャーであり、競技。トレーニングは、パルクールを語る上では間違いなく一番重要な部分です」。

それでは、パルクールで能力を引き出すことが、子どもの成長にとってどう重要なのだろうか。
「体を動かすことは、頭を使い、心を整える。『心技体』って昔から体育やスポーツで言われていますが、これがほんとうに非常に重要なんですね」と佐々木さん。

「パルクールは、自分の体をどう効率的に動かすのかを学んでいくことができる。体の動かし方を学んで自分の機能を高めていくことができます。そして自分ができることが考えられるようになる。

A地点から B地点まで行くのに、2ヶ月前まではこういう行き方しかできなかったけど、今はもっとチャレンジした行き方ができる。もっと効率化できるんじゃないか。もしここにこういうコースを作ったら、もっと自分の動きができるんじゃないかというのを考えることができる。

コース設計も、自分の能力を踏まえて考える。例えば2m離れたボックスに飛ぶのは最初は難しいです。じゃあできないからどうすればいいのか。間1mのところにもう一個ボックスを置けば、飛んで飛んでということができる。これって工夫なんです。A地点から2m先のB地点まで自分の能力でいくのに、どうすればいいのか方法を考える。能力が高まって、それができた時にじゃあそのボックスの大きさをちょっと小さくしてみようか。取り除いてみようか。それでA地点からB地点まで一気に飛べるようになった。これって一個前進なんです。このようにA地点からB地点まで行くにあたって、自分の能力によってどうすればいいのか工夫ができるんですね。

わかりやすい話でいうと、体操競技では決められた線の中を走りながら決められた演技をする。構成も見て、それをどれだけ正確に、どれだけ綺麗にできるかが評価点になっていく。でもパルクールは違って、今与えられた環境の中を自分の能力に照らし合わせてどういう動きで進むことができるか。瞬時の判断力、クリエイティビティ、そういうところが鍛えられるんです。それが頭の部分。

次に心の部分。体の能力は心に起因するところが多い。自分が今どういう能力を持っていて、どうできるのかがわからず心が落ち着かないと、正しい能力を発揮できない。自分はこういうことができる。こういうことができないからこう整えるっていうことをやっていく。そうすると、自分ができるという自信と共に心が整う。心が整った状態で自分の力を100%出して、自分が設定したコースでA地点からB地点までいくことができる。心技体を整えなければやはり次に進めない。体と頭を作っていくことができるからこそ心が整っていく」。それこそが子どもの成長にとって重要となる「問題解決力や潜在能力の開発につながる」と佐々木さんは言う。

自由あそびをより高度なレベルで

今回、ボーネルンドと組み、共感したこととはなんだったのか。
「子どもたちのためにどういうものを作っていくのが一番いいのか、子どもたちのために何ができるか、未来に対して社会に対して、何を提供できるのかを真摯に考えている。混じりっけない思いがひしひしと伝わって来たんです。しかも僕たちがパルクールの普及として考えていたところとも合致する。

ボーネルンドは子どもたちにそういう機会を提供してきた。子どもたちのあそび場で、自由あそびを高めてきた。しかし怪我をしてしまうからチャレンジできなかった部分もあった。怪我をしないような体の動かし方を提供できるようになると、ボーネルンドが目指す子どもの自由あそびをより高度なレベルでできるし、子どもたちの満足度が上がる。次の難易度を作ることによって、より難しいことにチャレンジできるようになる。そこの部分をほんの一端ですがお手伝いさせていただくことができると考えました。一緒にやらせていただくことが、私たちの目指すパルクールの普及にもつながっていくと」。

左:キドキド有明店で打ち合わせを行う佐々木さん(トリデンテ提供) 右:キドキド有明店でのパルクール体験会

上:キドキド有明店で打ち合わせを行う佐々木さん(トリデンテ提供)
下:キドキド有明店でのパルクール体験会

キドキドという子どもの施設へのパルクール導入の観点から、特にこだわったのは「難易度」だと佐々木さんは言う。

「最初から難しすぎると何もできなくなってしまうので、ある程度の難易度を作る。そして次のステップに上がった時の、次の難易度を作り出す。そういうコース設計を考えました。かつ可変性です。実は有明ガーデンのキドキドはまだ完成形ではなくて新たな配置をする計画があります。これで次の難易度を作り上げていくことができる。難易度と可変性はこだわったところです。そこにボーネルンドの考える安全性をどう作っていくのか。自由あそびをどういう風にしたほうがいいのか。そういうご意見もいただきながら、一緒に作りました」。

パルクール普及のために尽力してきた佐々木さん。今後、日本でさらにその認知度を高めていくために何ができると考えているのか。

「2019年に、第一回目となるパルクールの日本選手権がようやく開かれたんです。競技に対して興味を持ってもらう。競技で好成績を目指す人たちが増えていく。しっかりしたコンペティションを作っていくことで認知が拡大していく。そこは続けていくべきところ。競技から入って本質を知ってもらい、トレーニングで探求してもらうことが次の繋がり方になると思う」と佐々木さん。

もう一つは、「学校の体育の先生に対する指導」だという。学校や教育の現場に出張指導もしているそうだ。

「体操の専門家として体操を教えている体育の先生ってすごく少ないんです。現状のほとんどは体育教育の中での体操指導になっている。パルクールで子どもたちが正しい体の動きを学ぶことにより、校庭であそんでいるときに怪我をしないとか、体育での体操の授業より基礎能力が高まるということを伝えたい。教育の場にもどんどんリーチをしていきたい」という。

「グラスルーツの活動とプロモーション活動。そしてこの二つの観点で力を注いでいけると思っています」。

株式会社トリデンテ代表取締役 佐々木惇さん。MISSION TOKYOにて。

Photos & text by Ayumi Nakanishi

中西あゆみ

フォトジャーナリスト・ドキュメンタリー写真家・映像作家 サンフランシスコ州立大学ジャーナリズム学部卒。米TIME誌、Honolulu Star Bulletin紙、クーリエジャポン誌などを経て、2010年よりジャカルタを拠点に活動。弱者に手を差し伸べ、革命を起こすパンク・バンドの長編ドキュメンタリー映画を制作更新する。同映画は各国で公開。

www.ayumi-nakanishi.com