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プロが語る子育てのヒント
親学

旬を味わうことで自然を感じ、
自分もこの自然の一部であることを実感して欲しい

Vol.54 Winter/Spring 2019/2020

いのちを育む原点は「食」にある、そう教えてくださったのは
『あなたのために いのちを支えるスープ』の著者で料理家の辰巳芳子さん。
これからの時代を生きる子どもたちに伝えたい「生きていきやすい人になる」とはどのようなことなのか、お話を聞きました。

辰巳芳子さん
料理家
料理研究家の草分けだった母、辰巳浜子 さんのもとで家庭料理を学ぶ。父親の介護を通してスープに開眼。『いのちと味覚「さ、めしあがれ」「イタダキマス」』(NHK出版新書531)、『食といのち』(文春文庫)など多くの著作や講演会を通じ、食の大切さを訴え続けている。

365日、料理でものの本質を見抜く力を養うということ

私は若いころ、教育学を志していたのですが、病床を脱したのは40歳を過ぎており、唯一残された道が料理でした。母とは異なり、もともと料理が好きだったわけではありません。料理よりは勉強が好きで、世の中の事象の根本や原理を深く掘り下げる本を好んで読んでいました。特に「人は、なぜ食べなければいけないのか」、それが長い間の私の課題でした。
あるとき、シェーンハイマーという学者が解き明かした「食べたものは瞬時に分子レベルで細胞と入れ替わる」という事実を生物学者、福岡伸一さんの本を読んで知りました。食べものはただのカロリーや生きるためのガソリンではなく、いのちの素であるということに気づかされたのです。
料理とは、ものの質と質との出合いを喜ばしい方向にもっていく、人間のもっともクリエイティブな営みのひとつ。直観的にものの本質をひとつにすることが、料理なのです。百錬自得と言いますが、365日、料理をすることで、自ずとものの本質を見抜く力が備わります。そして、自分で食を組み立てる知恵を持てるようになるのです。そうでなければ、せっかくの食材も、おいしい料理にはならないのですから。料理と真摯に対峙することは、瞬発力や判断力を養い、力強く生きていく力にも繋がると、今では確信しています。

料理を通じて季節を感じ、 風土に即したものを食べる

都会に住む忙しい人ほどお料理をして欲しいと感じています。なぜなら、都会での生活では日常的に自然を感じ取ることが難しいからです。でも、お料理をすれば、お野菜も、魚も季節ごとに変化していくことを感じることができます。食材は自然そのもの。食は、自然を感じ、自分も自然の中に生きていると実感することができるもっとも有効な手段だと私は思います。
風土に即して食べることも、たいへん大切なことです。いのちは、食べることで他のいのちと繋がっていきます。私たちは生まれた風土と切っても切れない関係にあるということを忘れてはいけません。その風土で、私たちのご先祖が、食べていいもの、食べてはいけないものを命がけで分類してきました。そのありがたい先人たちの叡智である集積データを私たちは「食文化」と呼んでいます。どの国のどの民族にも、生まれた風土に即した食文化があります。日本人の私たちにとっては、それがお米です。お米は保存がしやすく、食べやすい。世界中を見渡しても、こんなに便利で扱いやすい主食はありません。日本人の私たちの体にも適した最良の食べものです。

小さな子どもにも豊かな食体験を

生活形態の多様化に伴い、食のスタイルや形態もずいぶん変化してきました。だからこそ、現代を生きる子どもたちには、日本の食文化の基本であるお米をしっかり食べて、生きる力を養って欲しいと考えています。
子どもに食べものの旬や食べることの楽しさを伝えることも重要です。けっして難しく考える必要はありません。たとえばちょうどよく炊けたごはんと、水が足りず芯が残ってしまったごはん、どちらの食べ心地がよいか。寒くなってきた頃の飲み物を、冷たい水にするか、お湯にするか、お茶にするか。飲んでおいしいと感じるのはどれか。赤身のお刺身が厚く、白身のお刺身が薄く切られている理由は? 食べることへの関心を高める方法は、日常生活のなかにたくさん見つけることができるはずです。

食材は貴重な資源。すべていただき、いのちを繋ぐ

いま、世界のいたるところで環境が大きく変わりつつあります。今まで食べられたものが、だんだんと食べられなくなってきています。煮干しの原料になる魚は、一般的には片口イワシですが、近年、この片口イワシが捕れなくなっていることをご存じですか? 捕れないということは、エサである植物性プランクトンが減少しているということ。そして片口イワシが捕れない、いないということは、それをエサにしている大きな魚も今後いなくなっていくということです。
現代の日本の夏は熱帯地域のようですよね。集中豪雨の被害も多くなりました。昔はお盆を過ぎればしのぎやすくなったのに、9月になっても酷暑が続きます。今までと同じ食べ方でこの環境を生き抜くことは、少々難しくなってきているのかもしれません。
ですから、捕れたものは最大限に生かして料理することを心掛けましょう。魚は骨から出汁をひく、野菜は根っこも食べる、食材は、すべて貴重な資源なのですから。

さまざまなことに感謝する「いただきます」の大切さ

食べるという行為はすなわち、他のいのちによって生かされているということです。「いただきます」は、ごはんをつくってくれたり、働いてお金を稼いでくれた両親への感謝はもちろんですが、なにより、いのちをいただくことへの感謝を忘れてはいけません。自分を自然の中に位置づけ、自分が生きる風土、空気、お日さまが育んだ食材に感謝をしましょう。そのときそのときの「旬」をいただき、五感のすべてで感じましょう。その経験の積み重ねが生きる力を育てます。それが、「生きていきやすく食べる」ということ、つまり、「生きていきやすい人になる」ことなのです。

この記事は、あそびのもりVol.54 Winter/Spring 2019/2020の記事です。

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