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プロが語る子育てのヒント

子育ても人間も 光があれば暗い部分もある。それも含めて、通り過ぎると宝物になります。

Vol.59 Autumn/Winter 2022

各分野の専門家の先生に子を持つ親として大切にしたいこと、知っておきたいことをお聞きします。
今回はご自身も4人の子どもの親である山下直樹先生のお話です。

山下直樹 先生
1971年、名古屋生まれ。東京学芸大学障害児教育学科卒業後、スイスにてシュタイナーの治療教育を学ぶ。名古屋短期大学保育科教授。保育カウンセラーとしても活動中。著書に『「気になる子」のとらえ方と対応がわかる本 保育に活かすシュタイナー治療教育』(秀和システム)、『「気になる子」のわらべうた』(クレヨンハウス)がある。4児の父。

その子が困っていることを大人が代わりに言葉にしてあげてほしい。

私は保育カウンセラーとして、子どもたちのいる現場に、1年間でのべ100回ほど足を運んでいます。スクールカウンセラーの保育園版のような仕事です。
保育現場で受ける相談は、子育て中のみなさんの悩みとも重なると思います。大きく分けて二つあります。
ひとつは、大人が困ってしまう子どもについての相談です。多くはお友だちにかみついてしまったり、たたいてしまったりする子どものことです。まだお話ができない子どもは自分の気持ちを言葉で表現できません。「かして」「ちょうだい」、「かえして」「いやだ」などと言葉にできず、時には乱暴な行動で自分の気持ちを表してしまいます。でも、このような行動は、言葉が成長するにつれて減っていきます。

もうひとつは、大人が心配になる子どもについての相談で、言葉や運動面の発達がゆっくりだというものです。言葉の発達がゆっくりな時は、「言葉の土台」が育っているかどうかを見てほしいと伝えています。
「言葉の土台」は、指差しがあるか、目線が合うか、発声があるか、共同注意(※)が育っているかの4つです。例えば「ブーブー」と言えなくても車を指して「あー、あー」などという発声があり、「車があるね」と声をかけたら車を見ることができるなどの場合には、言葉の土台が育っているといえます。2歳で言葉が出なくても3歳くらいまでに言葉は出てきますよと伝えています。

また近年、「発達障がい」という言葉が広く知られるようになりました。以前は親の育て方が悪いなど間違った非難をされたり、障がいを理由に幼稚園や保育園の受け入れを断られたりすることもありましたが、それらはずいぶん減りました。ただ、一方で心配なこともあります。
ネットで「発達障がい」と調べると、簡単にチェックリストが出てきます。「発達障がい」の要素は、濃淡がありつつも実は誰にでもあるもの。大抵のお子さんはチェックリストに印がつきます。色濃くそのような特徴が出て、生活上困難なことがある場合にはじめて発達障がいと診断されますが、成長や環境の変化で発達障がいの診断が消えることもあります。とてもあいまいでわかりにくいものなのです。「発達障がい」という言葉がレッテルのように使われてしまい、差別につながる危険性も高いので、私は保育現場で保護者と話をするとき、発達障がいの診断名を使うことは、ほとんどありません。

大事なのは、「他者との違いを理解して互いを思いやる」こと。自分と他者の違いは全ての人にあります。違いを理解し、思いやる気持ちをまず大人が持ってほしい。「大人が困ってしまう子ども」「大人が心配になる子ども」は、誰よりもその子自身が困っています。その子が困っていることを大人が代わりに言葉にしてあげてほしいと願います。
(※共同注意:他の人が自分と同じように、ある対象に向けて注意を向けているということを知っている状態。)

今こそ、親子でたっぷり ふれあい遊びを

保育現場では、ほかにも「マスクをすることで言葉の発達がゆっくりになるのでは?」「表情が見えないことが心配」などの声も多いのですが、マスク生活で発達に影響があるという実感はありません。保育園や幼稚園、子育てひろばなどでは大人はマスクをしていますが、家の中ではみなさん外していると思います。今はむしろ、家族とのあそびがとても大事になっています。
乳幼児期に子どもたちが保障されるべきは、「守られた環境の中で安心して生きる」こと、そして、「食べる・寝る・あそぶ」のリズムです。それらが整っていれば心も体も健康に育ちます。まず体を動かすあそびをたっぷりさせてあげることから、始めてみてください。

また、コロナ禍の今、ふれあい遊びができるのも家族だけですから、親子でたっぷりふれあい遊びをしてほしい。「子どもと何をして遊んでいいかわからない」というお母さんやお父さんも増えていますが、日本には、昔から脈々と伝えられてきた「わらべうた」があります。そこには、人間が育つための叡智や子育ての知恵が詰まっています。子どもの発達を促す要素もたくさんあるのです。ユーチューブで「わらべうた」と検索していただければ、「うまはとしとし」や「いもむしごろごろ」など、娘と遊んでいる私の動画も出てきます。ぜひお子さんと一緒に遊んでみてください。

スマホの情報ではなく 目の前の子どもを見て

実は私自身も、4人の子育てを経験してきました。娘が二人、息子が二人。今では一番上が24歳、一番下が中学一年生になりました。子どもたちが小さい頃はフリーのカウンセラーでしたから、ある程度時間の融通もきき、子どもとたくさん一緒に過ごすことができました。
なかでも私の大好きな時間は寝かしつけでした。絵本もたくさん読みましたが、寝かしつけで絵本を読むときの欠点は明るくないと読めないこと。絵本を1、2冊読んだら電気を消して、昔話を素話でしたり、子どもたちを主役にしてオリジナルのお話を作って聞かせたりしました。私の方が先に寝てしまって、「おとーさん、それからどうしたの?」と起こされることもよくありました。

子育てでしんどいこともあったと思うのですが、今ではあまり記憶がありません。妻に聞いたら、「しょっちゅうイライラしてたわよ」なんて言われるかもしれませんが、通り過ぎると本当にあの時代は宝物です。子どもたちはどんどん大きくなって、思春期を迎え、大人になっていく。可愛がっていた子どもから「大っ嫌い」と言われたり、わらべうたの動画を一緒に撮ってくれていた娘から、突然「わらべうたなんか全然面白くないからもうやらない」と断られたり。自我が育っている証拠ですから喜ばしいことなのですが、私はずいぶん傷つきました(笑)。
わらべうたを実践していると、そこには子育ての表と裏がしっかり出てくるんです。「ぼうず ぼうず かわいときゃ かわいけど にくいときゃ ぺしょん」。たたいていいわけではありませんが、「ぺしょん」なのです。子育ての裏の部分もこのように語り継がれてきたんですね。

子育ても人間も、光があれば暗い部分もある。それも含めて、通り過ぎると宝物になる。どんな子どもも必ず成長します。スマホの情報ではなく目の前の子どもを見てほしい。みんな宝物のような存在です。そこに目を向けられたら、子どもって素敵だなあと感じられると思います。

この記事は、あそびのもりVol.59 Autumn/Winter 2022の記事です。