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赤ちゃんの
成長と遊具

共感で育つ赤ちゃんのこころ

Vol.43 Autumn/Winter 2015/2016

赤ちゃんは感情を表現する体験を重ねることで、豊かな心を育てていきます。
今号は保育の現場で、たくさんの親子と接してきた井桁容子先生のお話から、赤ちゃんの心について考えます。

井桁容子 先生
常勤講師
東京家政大学ナースリールーム
主任保育士
40年にわたり保育に携わり、たくさんの親子を見守るかたわら、保育士経験を交えた講演や「すくすく子育て」(NHK Eテレ)に出演するなど幅広く活躍中。『ありのままの子育て』(赤ちゃんとママ社)ほか著書多数。

Q1赤ちゃんの心の育ちとは何でしょう。

 生まれたときから、仰向けで寝る動物が人間だけなのはなぜでしょう。それは他者の目を見て、コミュニケーションをもつことが人間にとって重要だからなんです。ほかの動物はみんなうずくまって寝ていますよね。人間の赤ちゃんだけは、すぐに歩けず、抱かれないと何もできず、大人に守ってもらわないと育たない未熟な状態で生まれてきます。それは他者と関わり、気持ちのやりとりをし、模倣をしたりという経験を通して、心を育てていかないと「人」になれないので、わざわざ手がかかるようにできているからなんです。
 赤ちゃんは胎児の頃から音さえも好んで選択して聞いていると言われていますから、心がまったくゼロの状態で生まれてくるわけではないのです。しかし、経験がないので感じたことを意味づけていくことが自分だけではできません。はじめは快と不快だけしかないものの、気持ちがいいとか、居心地が悪いといった感覚を大人が言葉で意味づけをしてくれると安心します。「ドアがバタンとしまる音だから大丈夫よ」、「ママ、大きな音を出しちゃってごめんね」と、目を合わせて理由を説明すると、「わかった、大丈夫」という気持ちになるんです。ところが赤ちゃんが何もわかっていないと思って、説明をはぶいてしまうと、もやもやした感情の解決にはならないので、意味がわからなくてなんとなく不安が続いてしまうのです。赤ちゃんはかなりの認知力があるんだと、その力を信頼してつき合っていけるといいですよね。

 赤ちゃんは9カ月から10カ月で脳科学的には他の人の気持ちがわかるようになると言われています。共同注意(※1)と呼ばれる、お母さんが見つめているものを、「何だろう」、「どうしたの?」と、一緒に見ることができるような共感力がついてきます。生まれたときから、目と目を合わせて、「おはよう」「何がいやなの?」など、やりとりを続けてきた赤ちゃんは、はっきりと態度で応えてくれるようになるのです。感じたことを大人が受け止めて共感し、言葉で反応を返していれば、3才になる頃には、心が育ち、自分の感じたことを自由に表現できるようになります。この感情を表現する体験の積み重ねによって、心はしっかり熟していくのです。
(※1) 共同注意とは、見つめ合ってのやりとりから一歩進み、視線や指差しなどを利用して、相手と同じ対象を見て感じることです。対象を共同化し、その対象に向けられた感情を声や表情、動作で互いに伝え合うことで親子間で楽しさ、驚きなどを共有していきます。

Q2イヤイヤ期の接し方や、あそびでのヒントを教えてください。

 子どもは今を生きているので、先のことは見通せないんです。とくに積み木やブロックのような区切りのない遊具で夢中になって遊んでいるときに、急に「出かけるよ」となれば、「もっと」となるのは仕方のないことです。無理矢理出かけてしまうと、気持ちの準備もできず、「親はわかってくれないんだ」となってしまいます。大人の方が余裕をもって接すればよいので、出かけたい時間より少し早く声をかけ、「いやだ」となったら、「じゃあ時計の針がここまできたらね」と伝え、さらに「もう少し!」となったら、「今は片づけないで後で続きをしようね」と提案してみましょう。少し待ってもらえれば、お母さんにゆずってもらえた、共感してもらえたと思えるので、大騒ぎにはならないはずです。「いやだ」と言ってみたいのも、自分の思いをどれくらい受容してくれるのかをはかりたいからです。このとき、安易にお菓子を買ってあげるなどの交換条件を出してしまうと、もので人の心を取りかえっこするというテクニックを覚えてしまい、本来の意味と違ってきてしまいます。大人の側が「ごまかさない」、「自分も約束を守る」と決めて接していれば、きっと同じように応えてくれるようになります。
 イヤイヤ期は大変な時期ですが、その時々の気持ちをくんで、わかってあげようとしてください。この時期は好奇心も強くなり、やってみたいことも増えるので、あそびのなかにも、簡単にはできなかったり、嫌だったり、イライラする場面が出てきます。その分「できた!」もより嬉しいはず。どちらの気持ちもきちんと伝え合って、一緒に考えたり喜んだりしてください。自分の気持ちをわかってもらえたと思える子どもは、人の気持ちがわかるようになります。やさしい思いやりのある心というのは、自分の気持ちを正直に表現でき、受け止められた実感から生まれてくるのです。

Q3心を健やかに育てるのに必要なことはありますか。

 赤ちゃんの内面が安心で満たされているということが心の育ちには重要なので、一番身近なお母さんが安心して子育てに向き合っていられることが第一です。私のところには「出産前、自分はもっといい人だったのに、子どもを生んでから性格が悪くなったんです」と泣き出すお母さんがいっぱいいます。ホルモンって人間の気持ちを左右するすごいもので、バランスがくずれると人格が変わってしまったように思うのも当然のことです。安定ホルモンが出ている授乳期が終って、産後1年から2年くらいの頃には、寝不足もあり、イライラの量が増えたりしますが、それは自分のせいじゃないんです。ですから夫や家族、まわりの人に助けてって言っていいんです。誰かに頼ることは悪いことではなく、わが子のためだと思って、甘えてしまってください。赤ちゃんは毎日どんどん大きくなります。抱きしめていられるのも人生のなかでそんなに長くはありません。お母さんもできるだけ気持ちのよい状態になって、赤ちゃんといる時間をもったいながる感覚になれたらいいですよね。
 また、多くのお父さん、お母さんは子どもの機嫌がいいと、つい目を離してしまい、泣いたときに駆け寄りますが、実は逆なんです。機嫌よく遊んでいるときはその子の好みもよくわかるし、一緒に遊ぶことで信頼も得やすくなります。一日10分でもいいので、親子で集中してあそびの時間を共有できれば、心にとって大事な共感も増えるでしょう。赤ちゃんは期待に応えてくれるし、義理堅いし、裏切らないんです。接し方で本当に変わってきます。この時期は振り返れば宝物のような時代です。急がば回れで、人生の土台となる心の裾野を広げているんだという使命感をもって接してほしいと思います。

この記事は、あそびのもりVol.43 Autumn/Winter 2015/2016の記事です。

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