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赤ちゃんの
成長と遊具

抱っこで包み育む赤ちゃんの心

Vol.36 Spring 2013

シリーズ「成長と遊具」は、赤ちゃんの育ちと、育ちを助ける遊具をさまざまな視点からご紹介します。
今号と次号では小児精神医学がご専門の渡辺久子先生のお話から、赤ちゃんの心の育ちを考えます。

渡辺久子 先生
慶応義塾大学医学部 小児科講師 小児精神科医
1948年神奈川県生まれ。 専門:小児精神医学、精神分析学、乳幼児精神医学、思春期やせ症、被虐待児、人工授精で生まれた子ども、自閉症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)など、工業化社会の複雑な葛藤に生きる子どもたちを治療的に支援している。 著書:『母子臨床と世代間伝達』『抱きしめてあげて』など多数

「お母さんはお母さんであるだけで偉い」と渡辺久子先生の著書(※1)にはあります。実際に大学病院で、何かしらの問題を抱えるお子さん、親御さんと向き合う先生の言葉は、今まさに子育てのさなかにある多くのお母さんを励ましてくれるものです。今号では、私たちが想像する以上に自分の身のまわりや、周囲の関係に敏感に反応している、赤ちゃんとの関わり方についてうかがいました。

Q1赤ちゃんとは、いつ頃からコミュニケーションがとれるようになるのでしょうか。

 赤ちゃんは胎児の頃から、お母さんを通じて周囲の人たちの関係性をとらえる力をもっています。これを「間主観性」といいます。だから、赤ちゃんは生まれた瞬間から目の前の大人のちょっとした動きをとらえて自分に好感をもっているかを見抜くのがとても上手。とくに胎児の頃、お腹のなかで一体だったお母さんにはいつもアンテナをはっていて、足音や気配を感じるだけで、安心して心拍数が落ち着くものなのです。
 赤ちゃんの脳や心は、お母さんとのつながりや、そこから広がる周囲とのコミュニケーションを敏感に感じて育っていきます。乳幼児発達学では、赤ちゃんが生まれつき心地よいものを積極的に取り入れることを「快楽原則」(※2)、いきいきとした親しいものに反応する力を「生気情動」(※3)と呼んでいます。たとえば、赤ちゃんは表情をよく見ているので、実験でもお母さんが急に能面のような無表情になると、目をそらし、やがて泣いてしまうという結果が出ています。赤ちゃんは、一番身近であるお母さんにはいきいきとしていてほしいのです。
 そのためには、まずお母さん自身が心地よく子育てに取り組める環境が大切ですよね。まず、自分が望む、夫や家族、周囲の人たちとの関係を、世間体を気にせず、素直な気持ちで考えてみてください。お母さんの笑顔で赤ちゃんは安心し、自分の存在を認めることができ、自信が生まれます。人間関係がよい状態にある自然体のお母さんが一緒なら、赤ちゃんも正直に感情を出すことができ、健やかに育っていきます。
 毎日の育児は大変なことです。だからこそ、素直に「ちょっと助けて」と言えるような周囲との関係が必要なのです。夫やまわりの人に頼って、いきいきとした毎日を赤ちゃんとすごしてほしいと思います。

Q2幼児期の接し方で、気をつける点はありますか?

 私も働きながら子どもを育てる母親でした。子どもたちが保育園に入るときには、仕事をしながらの子育てはお百姓さんの家みたいだと考えました。昼は昔の母屋のような保育園に子どもを預け、仕事を終えて夜には親子だけの生活に戻るという、かつての大家族的なイメージをもったのです。そして、昼間の分も夜から朝まではしっかり抱きとめて、子どもに私のにおいや安心感を存分に感じさせてあげて、また次の朝、保育園に送り出していました。
 仕事をしていてもしていなくても、お母さんは食事づくりや洗濯など家事がたくさんありますよね。でも、その子が膝の上に来たら、自分から離れて遊びだすまで抱っこしてあげてください。幼児期までの子どもにとって、お母さんの膝の上は、胎児の頃の羊水のなかのような安全基地です。何かうまくいかないことがあれば、抱っこの時間はその子の不安の分だけ長くなってしまうでしょう。しかし、毎日続けると、子どもの気持ちを分かち合うことができるようになります。そして、抱っこで心が満タンになると、子どもは自分で気持ちをリセットできるようになるのです。それをくり返すことで、お母さんとの信頼関係も育っていきます。「抱きぐせ」を心配する人もいますが、それは子どもの気持ちに関係なく、大人の都合で「かわいいかわいい」と、抱き続けるからつくもの。子どもから望んだ場合は、迷わず抱っこしてあげましょう。
 人間の脳は胎児期、幼児期、思春期に爆発的に発達します。とくに3才くらいまで、子どもの脳の発達はとても不連続。大きな発達を直前に自身もその成長にストレスを感じ、自分で自分を調節できず、じれたり、言葉が出ずに「いーっ!」となることがあります。今まさに成長しようとしているときだと、その気持ちをわかってあげて、「大丈夫よ」と、しっかり抱きとめてあげてください。
 大人の都合に合わせず、子どもの気持ちや育ちに寄り添って、そばに来たら受けとめ、子どもが満足するまで甘えさせてあげることは、心の成長に必要なものです。

Q3赤ちゃんにとって、あそびとは何でしょう。

 赤ちゃんにとって、見て、触れて、動くこと、すべてがあそびであり、生きている実感です。まさに「遊ぶことは生きること」なのです。ところが、情報化社会のなかで生きてきた今のお母さんは、マニュアルに慣れてしまい、「どう遊ばせたらいいんだろう」と悩み、育児書やインターネットなどで、「こうでなければ」と思い込み辛くなっているように見えます。
 赤ちゃんのあそびは、大人がイメージするものとは違っていたり、動きが小さかったりして、遊んでいるのかどうか心配になる人もいるようですが、何かに自分から興味をもち手を伸ばすだけでも、十分なあそびです。
 あそびと同様、赤ちゃんの時間も、私たち大人が意味しているものとは違うものが流れています。
 古代ギリシャでは人生には2つの時間があると考えられていました。ひとつは「1時間が60分」というような私たちが時刻としてとらえているビジネスで使われる時間。これを「クロノス」と名づけました。しかしギリシャ人は人間に流れる時間はこれだけではないと考えたのです。たとえば子どもの頃に夢中で遊んでいて、あっという間に夕方になってしまったような、自分だけが感じる別の次元の時間。これを「カイロス」と名づけ、より重要視したのです。成長には一定のかたちはなく、ハイハイひとつとっても赤ちゃんは、ふたつとないその子だけの動きや感覚で、その瞬間瞬間、自分だけの「今」を生きています。そういう意味で、赤ちゃんはまさに「カイロス」の時間を生きていると言っていいのではないでしょうか。
 だからこそ、お父さんやお母さんが、「クロノス」の時間から離れて、ゆったりとした心で赤ちゃんと接したり、遊ぶことができれば、豊かな「カイロス」の時間を赤ちゃんと共有したことになります。そうすることによって、赤ちゃんはお父さんとお母さんを心から信頼し、ともに生きる「人」であることを理解することになるでしょう。

大人と違い、時刻という概念がない赤ちゃんにとっては、遊んでいる「時」は一瞬でもあり、永遠でもある大切な「カイロス」の時間なのです。

(*1) 「たっぷり甘えさせて しあわせ脳を育てる!」(2012年/株式会社カンゼン)。

(*2) 快楽原則
ジークムント・フロイト(1856〜1939年)。アーストラリアの精神分析学者、精神科医、人間の無意識に注目し精神分析を創始した。赤ちゃんが生まれつき心地よいものを積極的に取り入れることを「快楽原則」を呼んだ。

(*3) 生気情動
ダニエル・N・スターン(1934〜2012年)。アメリカの乳幼児精神医学者。赤ちゃんの自然にわき起こる躍動感や、生気ある親しいものに響き合う力を発見し、「生気情動」と名付けた。

この記事は、あそびのもりVol.36 Spring 2013の記事です。

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