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プロが語る子育てのヒント
親学

「親」という字は、「木に立って見る」 と書きます。子どもに対して、 そうありたいものです。

Vol.36 Spring 2013

「親学」は、子どもに関わるさまざまな事柄について、専門家の方々のお話を通して考えるシリーズです。今回は、広島大学教授で、乳幼児の発達障がいを中心とした特別支援教育学を研究されている七木田 敦さんに、現在の子育てと子どもの学びについてお話をうかがいました。

七木田 敦(ななきだ・あつし)
広島大学、教育学研究科 附属幼年教育研究施設、大学院教育学研究科附属幼年教育研究施設、教授
岩手県生まれ。横浜国立大学大学院教育学研究科修了。アメリカ合衆国西オレゴン大学大学院を経て、広島大学大学院教育学研究科博士課程後期幼児学専攻にて博士(教育学)取得。1990年~現職。専門は、幼児教育学、特別支援教育学。 主な著書 『実践事例に基づく障害児保育』(保育出版社 2007)編著『保育そこが知りたい!気になる子Q&A』(チャイルド本社 2008)編著 『子どものニーズに応じた保育』(二瓶社 2011)編著など

個性や自ら育つ力を尊重したい

 私が発達障がいのある子どもに興味をもったきっかけは、父親が聾学校の教師をしていたので、障がいのある人たちが身近な存在だったことがあるかもしれません。
 私の専門である「特別支援教育学」といっても一般のお父さん、お母さんにはわかりづらいかもしれませんね。たとえば、幼児教育のなかでも自閉症(*1)やADHD(*2)など、発達障がいの乳幼児を対象とした子育て支援や幼児虐待、それから運動障がい、専門的には発達性協調運動障がい(*3)ですが、いわゆる「不器用な子ども」の研究なども進めています。
 不器用な子どもの多くは、アスペルガー症候群(*4)などの症状もともなっているので、親やまわりも気づかいないことが多いのです。とくに「不器用さ」は運動時に顕著に現れるので、失敗や下手なことが一目瞭然です。それがきっかけになって、仲間に入れなかったり、閉じこもったり、登園・登校拒否につながる場合もあります。
 最近は、普通の子どもでも紐が結べない、箸が使えないなど不器用な子が多くなったといわれますが、それは単に経験不足です。周囲の大人が「危ないからダメ」「遅いからダメ」と、子どもに何もさせないことが原因なので、経験させてあげれば乗り越えられます。
 私は以前、『子どものニーズに応じた保育―活動に根ざした介入』という本を翻訳しました。本書の著者でオレゴン大学教授のダイアン・ブリッカーさんをよく知っていて、彼女の「ABI(Activity-based approach to early intervention)、子どもの活動に根ざした指導」という考え方を日本に紹介したかったのです。日本では、障がいのある子どもは特別な指導法、つまり教育と医療を融合させた「療育」を受けさせるべきだと考えられていますが、ABIはできるだけ普通の環境の下で、生きていくための生活技術を教えていこうというものです。障がいをもったお子さんは、療育機関を出ると小学校、中学校を経て地域社会で生きていかなければならない。ならば、早い時期から普通の環境のなかで学んだほうが、そのお子さんのためになるのではないか。アメリカでは「インクルージョン教育」といって、障がいのある人も普通の生活をすることを目指します。こうしたアプローチは、日本の一般の幼稚園や保育園、家庭にも応用できると思うのです。
 近年、医学の進歩とともに発達障がいの研究が進み、以前ならば落ち着きのない子、引っ込み思案な子といった程度の認識ですんでいたことが、障がいであるとラべリングされるようになりました。そのため区別されたり、特別視されたり、かえって生きづらい状況になっていると考える人もいます。しかしはっきりさせることで、その子の個性にあった保育を実践できるというよい面もあります。
 問題は、障がいのあるお子さんに限らず、子育て全般に対する社会の許容範囲が狭くなっていること。そしてこのひずみの多くが、子ども自身はもちろん、子育てをしているお母さん、幼稚園や保育園、小学校などの現場におよんでいることです。私はとくに、「子どもはこうあるべき」と子ども観が限定的になることによって、個性や自ら育つ力が尊重されなくなっていることを心配しています。

就学準備型と生活基盤型幼児教育の2つの潮流

 最近気になっているのが、お勉強やお受験とあまり関係のなかった幼児教育の世界にも知的早期教育が押し寄せていることです。これは日本だけでなく世界的な現象といえます。とくにOECD(経済協力開発機構)(*5)が行っているPISA(生徒の学習到達度調査)(*6)の結果で、日本の子どもの成績が低下していることから幼児期の知的教育に注目が集まり、従来は学校で習うべき内容が幼児教育に押しつけられる「学校化」という動きがみられます。
 現在、幼児教育には大きく、フランス、イギリス、中国などが指向する「就学準備型」、北欧諸国、ドイツ、ニュージーランド、日本などが実践する「生活基盤型(全体的発達を推し進める)」という2つの潮流があります。
 ところが近頃、PISAの影響もあって、多くの国が就学準備型に移行しつつあります。日本も本来は生活基盤型だったのが、学校教育を円滑に進めるために、幼児教育に学習を取り込む傾向が強まって、懸念している研究者もたくさんいます。
 生活基盤型教育は、子どもが自分でやってみたいことを自ら発見し挑戦する、いわば子どものやる気を第一に考え、教師は何かを押しつけることなく、見守り、支援することを目指しています。教師中心主義である就学準備型とは好対照な「子ども主体」のアプローチといえます。見方を変えれば、育ちの環境をいかに整えるかが重要なので、空間や教具の調査開発、先生の反応の仕方などの研究が進んでいます。大切なのは、人間関係も含んだ総合的な環境整備です。
 私も研究の一環として、ある幼稚園にタイヤブランコを持ち込んで、園児の反応を観察したことがあります。子どもたちは、最初は戸惑っていましたが、しばらくすると自主的にいろんなあそびをはじめました。ところがしばらくして先生があそび方や人数制限の説明をしたら、子どもたちはピタッと遊ばなくなってしまった。あそびは本来「自発的、自由、自己目的的、わくわくドキドキ感がある」ものだから、「さあ、こうして遊びなさい!」と言われた途端、あそびではなくなってしまうんですね。
 とはいえ、最近は、幼児も指示待ちの子どもが増えていますね。たぶん、お母さんや先生はじめ、まわりの大人が待てないでいろいろ指示してしまうんでしょうが、親は子どもが安心して自ら育つ環境をつくってあげて、見守ってあげればいいと思います。「親」という字は、「木に立って見る」と書きますよね、そうありたいものです。
 さて、アメリカに興味深いデータがあります。「就学準備型」と「生活基盤型」の幼児教育を受けた子どもを14年後に追跡調査したところ、後者の方が年収は高く、犯罪率も低いなどの傾向があったそうです。でも現状ではどちらがよいかは決められません。もっとデータを積み重ねていく必要があります。

左. 保育園を訪問した際、子どもと遊んでいる様子。
中.右. ニュージーランドのプレスクール施設を大学院生と訪問。子どもが主体的に学べる環境づくりが実施されている。

あそびは、「~のための勉強」ではなく、「生きている今のための教育」です。

 『あそびのもり』の前号で、星山麻木先生(*7)が子どもの自尊感情について語っておられましたが、幼児教育においてとても重要なテーマです。日本の子どもは他国に比べて「自尊感情」が育たないといわれますが、理由は簡単で「自尊感情の育成」が教育目標になっていないからです。フランス、ドイツ、デンマークなど多くの国ではしっかり掲げられています。たとえばフランスでは「自分なりに世界を発見し、その一員になるべきことを知る」、隣国の韓国でも「自分の体と心、大切な自分、大切な家族について知る」ことの重要性が幼児教育カリキュラムに明記されています。
 私は昨年、文部科学省の委託調査でスウェーデンを訪問しました。スウェーデンのカリキュラムにも「幼稚園保育園は、あらゆる子どもが、自分の考えをもち、自分の状況に応じて選択できるような可能性を与えられるべきである。自分の能力に対する関与と信頼は育ち、発達すべきである。すべての両親は、信頼をもって、自分の子どもを送り出し、あるひとつの見方や他の見方に対して、子どもが一方的に影響をおよぼされないことを保障すべきである」と記されていました。
 日本は古来、子どもをとてもかわいがりますが、それは、子どもは「大人の所属物」であるという考えからきているのかもしれません。けれども時代は変わりました。競争が激しさを増し、勝った人、お金をたくさん稼いだ人が偉いなど、価値観も均質になってきています。子どものいじめ、引きこもりも増える生きづらい世の中ならば、なおさら、子どもの自律性を認め、自尊感情を育んでいくことが重要です。そのためにはもっともっと、社会全体で子どもを受けとめる環境を整えなければと考えます。
 欧米に出かけて驚くのが、子どもが集まる場所にはかならず「居場所」が用意されていること。充実したキッズスペースがあって、子どもたちがのびのびと過ごしています。親にとってもまわりに遠慮や気遣いがいらないので、子育てにストレスを感じないですみます。アメリカの幼児教育書には1ページ目に「子どもは遊ぶことが仕事です」と書かれています。
 スウェーデンやデンマークでは、子どもの教育を「エデュケーション」と「ペタゴジー」の両面からとらえています。前者は、「1+2=3」、「冬の次には春が来る」といった事実や知識習得のための教育であり、後者は子どもがあそびや生活体験を通して身にしみてわかってくるような物事を大切にする教育。だから、子どものあそびをとても大切に考えていて、おもちゃやあそび場も子ども主体にデザインされています。私はあそびの本質とは「~のための勉強」「~のための学び」ではなく、「生きている今のための教育」であると考えています。

(*1 ) 自閉症
脳の中枢神経に先天的な問題がある脳の発達障がい。他人への関心が希薄、自己中心的、言葉の遅れなどがみられる。

(*2) ADHD
注意欠陥症候群(ADD)と多動・衝動性症候群(HDD)の二つのタイプがある。

(*3) 発達性協調運動障がい
運動、動作などで顕著に不器用な症状がある。

(*4) アスペルガー症候群
言語発達は問題ないが、視覚認知、空間認知が困難で、著しく不器用という特徴をもつ。

(*5) OECD(経済協力開発機構)
欧米を中心とした先進国を中心に国際的な課題を検討する機関。本部はパリ。

(*6) PISA(生徒の学習到達度調査)
OECDが実施する、15才3カ月から16才2カ月の生徒による学習調査。2000年から3年に1回、行われている。

(*7) 星山麻木
明星大学教育学部教育学科教授。日本音楽療法学会認定音楽療法士。親子のための音楽ムーブメントを取り入れたワークショップを20年以上実施している。

この記事は、あそびのもりVol.36 Spring 2013の記事です。

Vol.36 Spring 2013

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