あそびのもり ONLINE

赤ちゃんの
成長と遊具

赤ちゃんを豊かに育てる人間環境

Vol.37 Summer/Autumn 2013

シリーズ「成長と遊具」は、赤ちゃんの育ちと、その成長を助ける遊具を、さまざまな視点からご紹介します。
今号は、前号に引き続き、小児精神医学がご専門の渡辺久子先生のお話から赤ちゃんとの関わり方について考えます。

渡辺久子 先生
慶応義塾大学医学部 小児科講師 小児精神科医
1948年神奈川県生まれ。 専門:小児精神医学、精神分析学、乳幼児精神医学、思春期やせ症、被虐待児、人工授精で生まれた子ども、自閉症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)など、工業化社会の複雑な葛藤に生きる子どもたちを治療的に支援している。 著書:『母子臨床と世代間伝達』『抱きしめてあげて』など多数

Q1はじめての赤ちゃんとの接し方に、不安をもつ親御さんが多いようです。

 はじめての育児であっても、赤ちゃんがぐずったり、泣いたりしたら、自然に抱き上げて揺らしながらぽんぽんと、背中を叩いて、「よしよし」としますよね。このとっさの行動で、赤ちゃんが実際に泣き止んだり、落ち着いたりしたことはありませんか。たとえば、赤ちゃんに話しかけるとき、大人は何となく一オクターブ高い声でリズミカルな明るい声になっています。研究すると、その声が赤ちゃんの耳に一番よく聞こえる高さの声なんです。その子を思って行う自然な行動が、研究の結果、実際にベストな接し方でもあることがわかっています。
 このような半意識的に行っている行動は「直観的育児行動(※1)」と呼ばれています。これは人間が本来持っているすごい力です。赤ちゃんを大切に思う気持ちから、自然と赤ちゃんが「今、必要としていること」を親として瞬間的に理解して子育てができているんですよ。そう考えると少し安心できませんか。
 「直観的育児」は自然体であることが何より大切なので、先進国よりもあまり機械文明が発達していない国の人たちのほうが上手です。情報が溢れている今の日本では、直観力が薄れてしまいがちです。かつての日本がそうであったように、抱っこして、おんぶして、子守唄を歌って、という昔ながらの育児に戻れればよいと思います。「人は人、自分は自分」と考え、ゆったりかまえた接し方ができればよいですよね。緊張していたり、必死で育児をしていては息切れしてしまいます。「ほどよい育児、いい加減の育児(※2)」が赤ちゃんの成長にもよいのです。
 この「ほどよさ」とは、食べたい、寝たい、泣きたい、甘えたいという、赤ちゃんの欲求を自然に受け止めてあげること。お母さん自身も自分の気持ちに素直になって、赤ちゃんと向かい合ってください。子育てって本来、親も子どもも本心でぶつかる、泥臭いものなのです。
 あそびについても同じです。私は子どもが小さな頃に遊んでいた35年以上前の積み木をいまだにもっています。いつも「口に入れても、クレヨンで絵を描いても、ぶつけて音を出しても、何をしてもいいよ」と言っていたので、子どもたちは、この積み木で自由にのびのびと遊んでいました。手づくりの桜材のものでしたが、木のしっかりとした重さのある遊具での、感覚に働きかけるあそびは、子どもの生きている実感にもつながったように思います。「どうやって赤ちゃんと遊んだらいいのだろう」と悩む人も多いようですが、「ほどよい育児」で、赤ちゃんの欲求に合わせてあげればよいのです。あそび道具はただ与えるのではなく、自分が意思を持って自分の手で引き寄せ、手にしたと思えるような、きっかけをあげられれば十分です。そしてかけがえのない「今の瞬間」を親子でおもしろいと感じるだけで、あそびの世界は広がります。

Q2「いやいや」がはじまる時期にはどうしたらよいのでしょう。

 乳幼児期は、脳も体も爆発的に発達する時期です。脳の飛躍的な発達の直前には赤ちゃんはむずかったり、育児しにくいことがあります。これは「退行期」、「むずかり期」と呼ばれており、2才くらいまでに、何回もそのような嵐がやってきます。赤ちゃんは思うように言葉が出ないとき、立ち上がりたくてもうまくできないとき、いらだち、激しく泣くことがありますよね。今、まさにその状態に立ち会っているお父さん、お母さんもいることでしょう。これは育て方が悪いわけでも、赤ちゃんがわがままなわけでもなく、脳と体が葛藤しながら、健やかに発達するときのひとつの通過点なんです。
 とくに1才3カ月の頃から、脳の成長の過程として、「いやいや」がはじまります。この時期、大人が先周りして手助けしてしまうと、自分にとっていやなことを「いや!」と言えなかったり、自分の意志が持てなくなってしまいます。「いや!」が言えるのは、「自己」というその子の芯の部分ができてきた成長の証です。そして、「いやだ」「きらい」というような否定的な言葉を口にできるのは、その子が親子の関係に安心できていて、本音がちゃんと出せているからなのです。この時期に受け止めてもらえたという記憶は自信となり、問題を自分で解決できるようになります。そして、この時期を乗り越えることで、自立する力をつけていくのです。

渡辺先生の子どもたちが実際に使っていた積み木。クレヨンの跡や、小さな傷からも、たっぷり遊んだ大切なものだったことがわかります。

Q3周囲との関係は赤ちゃんにどのように影響しますか。

 実際に育児はとても大変なことです。お母さんひとりではとても受け止めきれません。世界のどの国でも、都市部では密室の孤独な育児が問題となっていますが、お父さんをはじめ、周囲の協力でお母さんが幸せを感じながら育児できる状況にしていくことが必要です。この、人とのつながりで生まれる環境、「人間環境」を何とかしようという試みとして、欧米では赤ちゃん中心の社会づくりが進んできています。たとえば、フィンランドでは子どもが生まれると、お父さんも育児休暇をとらなければならないと決まっています。それはお父さんも赤ちゃんとともに生きるだけで、人として成熟するという考えがあることと、夫婦で助け合って育児することの幸せを重要視しているからです。日本でも少しずつ夫婦で子育てがじっくりできるようになっていけばよいですよね。
 赤ちゃんにとって、生まれるまで自分と一体であったお母さんは大切な人ですが、お父さんは育児の決め手となる立場にあります。お父さんは忙しくともぜひ、帰宅したら仕事のモードではなく、赤ちゃんと波長を合わせて、一緒の時間を過ごしていただきたいと思います。それだけで、お母さんの緊張もゆるみ、赤ちゃんにとってとてもよい「人間環境」が生まれます。赤ちゃんは待ったなしの暴君ですが、成長していくその姿はまさに生命そのものです。この命の原理に家庭で触れることは、親にとっても、本当の大人になるために大切なことなのです。
 赤ちゃんはお父さんやお母さん、周囲の人たちとの「人間環境」でのやりとりをオーケストラの音色のように感じて育っていきます。その音が豊かなものとなるように、家族だけでなく、いろいろな人と触れ合い、助けを借りながら、赤ちゃんをやさしいオーケストラの音色のなかで、育ててあげてほしいと思います。

(*1) 直観的育児行動
育児研究者バブシェクが研究した、子どもに対して、発達を促すようなはたらきかけを半意識的にとる行動。

(*2) ほどよい育児、いい加減の育児
乳幼児精神保健のパイオニアで小児科医のD.W.ウィニコット(1896-1997)が提唱。子どものありのままの欲求を親が自然に受け止めて温かく反応すること。

この記事は、あそびのもりVol.37 Summer/Autumn 2013の記事です。

Vol.37 Summer/Autumn 2013

他のVol.37 Summer/Autumn 2013の記事