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プロが語る子育てのヒント

スキンシップは子育ての基本。肌の触れ合いは親も癒します

Vol.40 Summer /Autumn 2014

「親子のスキンシップが大切」と言われますが、なぜ大切で、どんな風に行えばいいのでしょう? 山口創さんの専門は身体心理学(*1)。親子の触れ合いの効果や子どもの成長におよぼす影響を科学的に探究されています。二児の父でもある山口さん。ご自身の経験も踏まえ、皮膚と脳、 親子の触れ合いについてお話しいただきました。

やまぐち・はじめ
桜美林大学リベラルアーツ学群教授
1967年静岡県生まれ。早稲田大学人間科学部卒業、同大学大学院人間科学研究科修士・博士課程修了。聖徳大学人文学部講師などを経て、2008年より現職。専門は健康心理学、身体心理学。臨床発達心理士資格取得。最新刊『幸せになる脳はだっこで育つ』など、著書多数。

皮膚は露出した脳
体 → 心 → 頭の成長プロセスを促す

 そもそも私が皮膚やスキンシップに興味をもった背景は、心理学を学ぶうちに「心を考えるにはまず体に注目すべきだ」と思うようになったからです。生物の進化の過程をみると、約40億年前、地球に最初の生物が誕生して以来、脳をもたない体だけの生物の時代が長くつづきます。この間、脳がなくても生きられたのは、細胞膜という皮膚が周囲の状況を感知するなど、脳の働きも兼ねていたから。皮膚はいわば、「露出した脳」だったのです。
 そのうちに神経の塊から核ができ、その一部が脳となって全身を統括するようになったのが、五億年ほど前のことです。生物はまず、長い年月をかけ、さまざまな環境に合わせて体を進化させ、しっかりとした土台をつくりあげてから、ようやく心や脳の発達をはじめたというわけです。
 また、脳自体の発達の歴史をみても、初期の生物には「爬虫類脳」といわれ、生命維持を司る脳幹しかありませんでした。その後、脳幹の上に「旧哺乳類脳」という旧皮質ができて五感や快不快を感じる機能が備わり、その上に「霊長類脳」という新皮質ができて知的活動ができるようになりました。このように生物の進化も脳の発達も、体から心、そして頭という流れになっています。
 子どもの成長も同様で、体づくりが最優先。その後に心や頭の成長が続くのが自然な流れです。とくに新生児は触覚や皮膚感覚から発達します。実は触覚の発達は胎児のときからはじまっています。人間にとって基礎となるもっとも重要な部分だからでしょう。
 皮膚感覚を育むにはいろいろなものに直に触ることが大切です。とくに自然のものに触れてほしいです。人工物や工業製品はどれも触り心地がよく画一的ですが、自然のものには二つとして同じものがなく、手触りも多種多様です。さまざまな感触を体感することが感性を豊かに育みます。たとえば、「ザラザラした土」と言葉だけで教えられても正しくイメージできませんが、触ってみればすぐわかります。
 体感が大切なのは学習も同じです。小さな子どもにも英単語や九九を教え、暗唱させることは可能ですが、中身を本当に理解できているのか、必要なときにその知識がいかせるのかというと疑問です。自らの知的好奇心にもとづいて意欲的に学んでこそ、身につくものです。
 頭でっかちでなく、体も心もバランスよく育てるには、まずは露出した脳である皮膚を、さまざまな情報や知識をしっかり体感し吸収できるように発達させることが大切です。毎日のスキンシップで子どもの肌を十分に刺激し、皮膚感覚を活発化してあげましょう。

愛着関係を育むホルモン、「オキシトシン」

 生物のなかでも哺乳類はスキンシップが多いのが特徴です。生後間もない赤ちゃんを舌で舐めるのは全身に刺激を与え、毛づくろいはコミュニケーションの手段とも言われます。私たち人間も抱っこすることで赤ちゃんの心を安定させたり、脳の発達を促しています。スキンシップは子どもの心身の発達に大きな意味と役割をもつことが知られています。
 スキンシップに関し、ここ10年ほどでとくに注目されているのがオキシトシン(*2)という脳内物質です。「愛情ホルモン」とも呼ばれる物質で、リラックスした気持ちで肌を触れ合うことにより、双方の脳内に分泌します。たとえば親子なら愛着関係を深めるとともに、それぞれにも嬉しい効果があるとわかってきたのです。
 たとえば、子どもにとっては記憶力がよくなり学習効果を高めたり、ストレス耐性を強めるという効果がみられます。しかも、脳がもっとも発達する生後一年ほどの間にオキシトシンの影響を十分に受けると、脳自体がオキシトシンを出しやすいように変わるので、記憶力がよい、ストレスに強い、といった効果が一生続きます。幼い頃のスキンシップが、その後の脳の成長や能力、性格などに大きな影響をおよぼすのです。この時期にはとくに意識して触れ合い、働きかけてあげましょう。
 「抱きグセがつく」と心配されるお母さんもいますが、子どもが抱っこを求めるのは自然な欲求、健全に育っている証拠です。ちゃんと応えてあげないと子どもの心に空白が残り、かえっていつまでも母親にまとわりつきます。必要な時期に十分な触れ合いがあった子のほうが自立的に育つという調査データもあります。逆に、スキンシップが少なかった子は攻撃的で衝動性が強いといった傾向もみられます。
 スキンシップは生後一年以内がもっとも効果的ですが、オキシトシンは触れ合えば出ますから手遅れということはありません。ただ、2~3才頃は自我が芽生えてきますから、親が追いかけてまで行うことはなく、手や背中への軽いタッチや、子どもの求めに応じて膝に乗せるくらいでいいでしょう。思春期になるとかなり難しいとは思いますが、親子間のコミュニケーションを保つ上でも、たとえば褒めるときに頭をなでる、握手をするなど少しでも触れ合う機会をもちたいものです。

山口さんが主宰する、自閉症児のためのタッチセラピー講座の様子

親にもメリットがあるスキンシップ。父と母に役割分担

 オキシトシンは親の側にも安らぎやストレス解消といった恩恵を与えてくれます。おもしろいのは両親では触り方によって分泌量が異なることです。母親は子どもに優しく触れたり抱っこで分泌しますが、父親の場合は優しく触れてもあまり出ません。体を動かしながら少し刺激的な触れ方のほうが出るのです。「お母さんは優しく、お父さんは元気に」。それぞれが自然なかたちで子どもと触れ合えばいいのです。
 母親は子どもをぎゅっと抱きしめたり、寝る前になでてあげるなど安らぎのスキンシップが効果的です。父親にすすめたいのは体遊びを兼ねたスキンシップです。子どもの年令に合わせて、肩ぐるまやお馬さんごっこなどはいかがでしょう。
 私にも10才と4才の女の子がいますが、たとえば、両手をつなぎ合い、私の体に脚で登らせたり、こちょこちょ遊びなどもよくやります。子どものためとはいえ、私自身も童心に返れるし、ストレス発散にもなるので楽しんで触れ合っています。
 それから、母親のスキンシップは子どもの情緒を安定させ、父親が行うと社会性の高い子に育ちやすいという傾向もみられます。やはり子育てには両親の役割分担があるようです。

左:親側の反応 : 子どもと10分間遊んだときの、父母それぞれのオキシトシン分泌量とあそび方の関係
右:子どもへの影響の違い : 1才になる時までの父母それぞれのスキンシップ量に対する、子どもの情緒安定性(左)と社会性(右)の関係

短時間でも大丈夫「ちょい抱き」のすすめ

 最近はベビーカーや海外製の抱っこひもで外出する親子をよく見かけます。でも、実はこれ、親と子の距離が離れています。親は楽かもしれませんが、スキンシップという面からみると効果的ではありません。むしろ、昔ながらのへこ帯を使ったおんぶのほうが、肌が密着してよいスキンシップになります。
 そんな問題意識から、私は最近、仲間たちと「抱き方講座」(*3)をはじめました。子育て支援のスタッフなどを対象に正しい抱っこや上手なおんぶの仕方を教えています。子どもには母親が生身でしっかりと関わってあげることが大切です。「愛しているよ」と100回言うよりも、ぎゅっと1回抱きしめてあげるほうが何倍も効果的です。赤ちゃんや幼児には言葉の意味はよくわかりません。でも、抱きしめられたときの温もりは体の感覚として理解でき、心が安らぐのです。

 最近は働くお母さんも多いので難しいと感じる方も多いかもしれませんが、実は「ちょい抱き」でも十分効果があります。一時間に一回程度、子どもの目を見ながら優しく抱っこしてあげると、10~15分ほどで子どものオキシトシン分泌量がピークになり、その後しばらくは触れなくても大丈夫です。そして、オキシトシンが減ってくる一時間後くらいに再びちょい抱きしてあげれば、オキシトシンが高い状態を維持できます。
 それに、スキンシップ効果が高いのは朝よりも副交感神経(*4)が優位になる夕方以降です。帰宅後に「ちょい抱き」の時間をもちましょう。短時間でも心をこめた密度の濃い触れ合いならきっと子どもに伝わります。肩ひじ張らず、でもしっかりと、日々の暮らしに親子のスキンシップを取り入れてください。

(*1) 身体心理学
体の動きや行動が意識や情動といった心の形成におよぼす影響など、体と心の関係を研究する心理学の一分野。

(*2) オキシトシン
親子や夫婦など親しい人と肌を触れ合うと脳内に分泌される、九つのアミノ酸からなるホルモン。「きずなホルモン」とも呼ばれる。近年の研究では自閉症の治療などにも効果を示している。山口さんも最近、自閉症児にタッチセラピーを行うことでオキシントンの分泌を促し、自閉症の症状を軽減させる実験に取り組んでいる。

(*3) 抱き方講座
山口さんの活動のひとつで、子育て支援のスタッフやお母さんを対象に正しい抱っこやおんぶなどを指導する。

(*4) 副交感神経
二種類ある自律神経のひとつで、胃酸の分泌や心機能の抑制など食事中や睡眠中など体がゆったりとしているときに強く働く。もう一方は交感神経で、運動中など体を活発に活動させるときに働く。

この記事は、あそびのもりVol.40 Summer /Autumn 2014の記事です。

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