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プロが語る子育てのヒント

子どもの心を見ていますか

Vol.46 Autumn/Winter 2016

子どもたちの細やかな心の動きを題材にした絵本を多数出版している、くすのきしげのりさん。
子どもの心への寄りそい方、子どもの心を理解しようとすること。
また、遊ぶこと、親がつくる環境の大切さについてお聞きしました。

くすのきしげのり
小学校教諭、徳島県の鳴門市立図書館副館長を経て、50才で児童文学作家へと転身。現在は、創作童話、絵本、詩、童謡など児童文学の創作活動と、子どもの教育や子育てなどをテーマにした講演活動を行っている。

心はいつも変化している

 私の書く作品では、「心豊かに生きる」ことをテーマに、揺れ動く子どもの心を題材にしています。なぜ心について書いているのかというと、小学校の教諭をしていたときにいろいろな子どもたちと接してきたなかで、心は言動を規定するものだと思ったからです。もしも心が健やかに育っていなかったら、培った知力・体力を犯罪に使ってしまうことだってあります。心は見えにくいものなので、だからこそわかろうとすることが大切なのです。
 子どもは毎日、大人が信じられないくらい、どんどん成長していきます。体はかたちづくられている過程にあって、心はいつも変化しています。昨日と今日でも、その時々でも、考えていること、思っていることが変わります。けれども、大人は今までと同じ視点で見てしまったり、その子の言動だけを見て判断してしまったりして、心の内面を見ていないことが往々にしてあるように思うのです。
 私の娘が3才ぐらいのときに、指をなめていたんですね。「指をなめたらいかんよ」と注意したら、娘は「お父さん、指をなめているんじゃないよ。ベロが気持ち悪いから、指で触っているだけ」と言ったんです。はたから見たら、指をなめているようにしか見えませんが、娘にしたら指をなめているのと舌が気持ち悪くて指で触っているのとでは、まったく違うことなんですよね。
 そのときに気づいたのは、親は子どもの心をわかっているつもりでいて、本当のところはわかっていないことがある、ということ。親はわかったつもりでいるけれどわかっていないことがあるということを、理解しておかなければいけないと思ったのです。

自分自身を受け入れること

 心というのは見えにくいものですし、子どもの心をすべてわかることなんてできませんよね。子どもの心を理解するうえで大事なのは、想像する力と共感する力だと思います。今、子どもは何を思って、どんなことを考えているんだろうと想像力を働かせたり、その子の気持ちに寄り添って共感したり。
 私は作品を書くときに、登場人物の気持ちになって考えてみるんです。たとえば、『おこだでませんように』に出てくる男の子だったら、「お母さんが帰ってくるのが遅かったら、妹の面倒を見てあげようとするだろう」とか、「折り紙を折ってやろうとするだろう」、でも、「妹にそんなのいやだ、と言われたら怒るだろう」と。
 そういう、想像したり共感したりする力は、トレーニングをすれば誰でも身につけられます。それには先入観や固定観念をもたないように、頭を柔らかくして子どもの心を丸ごと受け入れること、それから今の自分自身を受け入れることです。
 親というのは、子どもが生まれてはじめて親になるものです。間違って子どもを怒ってしまったりすることもありますよね。そんなときはひと呼吸おいて、悪かったなと思って、ちゃんと謝ることも大事です。
 親にだってできることもあれば、できないこともありますし、新たにできるようになることもあるはずです。親も子どもと一緒に成長していけばいい。重要なのは、わかってあげようとする気持ちをもつことです。心を大らかに構えてみてください。

絵本がつなぐ親子の時間

 健やかな心と体を育てるために、遊ぶことは子どもにとって必要不可欠なことだと思います。子どもにとっては、絵本を読むこともあそびのひとつなのかもしれません。私は、お父さん、お母さんには、ぜひお子さんと一緒に読んでいただきたいと思っています。
 子どもは親が忙しいということをわかっています。いつも「忙しい、忙しい」と言っているお父さん、お母さんが5分でも、10分でも、自分のために時間をさいて一緒に過ごしてくれたら、子どもにとって絵本はお父さんやお母さんと心がつながる大切なものになりますし、それはお父さんやお母さんにとっても後から振り返ったときに幸せな記憶になると思うんですね。
 仕事で疲れて、眠くて仕方がないときもあるかもしれません。そんなとき、私は「お父さんに読んでくれる?」と言って娘に読んでもらっていました。子どもが好きな本は、何度もくり返し読んで聞かせているので、内容を覚えているものなんですね。娘は絵本を開いて、覚えているお話を一生懸命話してくれました。また、娘と一緒にお話の続きを考えたりもしました。
 字が読めない小さな子でも、絵本は絵を見るだけでも楽しいものだと思います。『おかあしゃん。はぁい。』は、食事やお風呂、お休みのときなど、親子の何気ない日常生活を描いたお話で、書かれている言葉は子どもがお母さんに呼びかける「おかあしゃん」と、お母さんがそれに答える「はぁい」だけ。
 交わされるのはその言葉だけですが、お母さんが子どもに向ける温かな眼差しや、子どもがお母さんに向ける笑顔によって言葉以上の思いが伝わって心が通じ合っているのがわかると思います。読み聞かせをするときには、いつもしているようにいろいろな呼びかけ方をして、子どもと一緒に読んであげてほしいなと思っています。

『ええところ』(作/くすのきしげのり 絵/ふるしょうようこ 発行/学研プラス)
背も低くて、力も弱くて、走るのも遅い。「わたしって、ええところひとつもないなあ」と思っている、自分のすべてに自信のない女の子が人を思いやる心や自己肯定感を育んでいくお話。心情によって変化する、涙の色の表現などを見てみてください。

安心感を与える親の役割

 幼児教育の現場では、子どもが健やかに育つための環境づくりの大切さが言われています。子どもを取り巻く環境には、自然環境や社会的環境、物的環境、空間的環境など、さまざまなものがあります。その中でも私は、とりわけ人的環境が大切であると考えます。子どもが感化される親の役割は、とても大事だと思うからです。
 読書で言えば、子どもの知育のためにとか、語彙力が豊富になるとか、情操が豊かになるとか、そのために読むのではなく、まずは親子で一緒に本を読んで楽しさを味わっていただきたいと思うんですね。楽しい気持ちを共有できる人がいるということは、子どもにとって大きな安心感につながります。
 一方で、子どもはひとりで本を読みたい、ひとりで遊びたいというときもあります。そういうときはやさしく見守ってあげてください。あそびにはいろいろなかたちがありますし、子どもの心は本当にその時々で変わるものなのです。
 私は小学校を退職する前の7年間、特別支援教育のコーディネーターを行っていました。複雑な家庭環境の子や障がいのある子、周りに適応できずにいる子、虐待を受けた子もいました。そこで子どもたちのつらい表情や涙をたくさん見てきて、さまざまな問題に向き合ってきました。
 だからこそ、私は作品の中で「こんなお母さんやお父さん、先生がいたら」「やさしい人たちがいる、こんな町があったら」という願いを込めて、子どもたちが心の底から安心できて、信じられる大人を書きたいと思っています。そして、目には見えない子どもたちの揺れ動く小さな心をすくい取って、作品に表したいと思っています。
 子どもは絵本を一緒に読んでいるときに、大人が見過ごしてしまうような細かい描写やページをめくって起こるささいな変化にもすぐに気づくものなんですね。同じように、大人から見たら大したものに見えないかもしれませんが、子どもたちにとっては何気ない日常の中にキラキラと輝く宝物がたくさんあります。そういう子どもの心が動かされる瞬間や視点に、ぜひ気づいてあげてほしいと思います。

この記事は、あそびのもりVol.46 Autumn/Winter 2016の記事です。

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