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プロが語る子育てのヒント

自然のなかで育む感性・意欲・生きる力

Vol.49 Autumn/Winter 2017/2018

世界的な冒険家である三浦雄一郎さんは、長年キッズキャンプを開催しています。自然のなかでのあそび体験が、子どもの体と心にどのような影響を与えるのか、お話をうかがいました。

みうら・ゆういちろう
1932年青森県生まれ。富士山直滑降、エベレスト大滑降など、数多くの偉業を成し遂げた世界的冒険家。2013年には、80才7カ月で3回目のエベレスト登頂に成功し、史上最高令の登頂記録を打ち立てた。

チャレンジ精神が我慢強さを育成する

 私は40年前から、キッズキャンプ(※)を実施しています。子どもたちが自然と触れ合いながら遊ぶことで、冒険心とチャレンジ精神を養ってほしい。そんな願いから始めました。自然が与える情報量は膨大で、学校の勉強やスマートフォンと比べて何十倍、何百倍にも匹敵します。たとえば、山道をほんの少し歩くだけでも、気温や匂い、木の葉が揺れた、虫がいた、雲が流れた、といった無数の変化を五感で捉えることができるのです。こうした多様な変化を体験することによって、子どもたちの感覚や感性は大きく磨かれ、生きる力を身につけることができると思っています。
 小さな子どもたちにとって、山に登ることも、川を渡ることも、すべてが未知なる体験です。こうした非日常のスリルを味わいながら、そこに勇気を出して飛び込み、切り抜ける。そうやって自然の厳しさを体感するうちに、我慢強さが生まれてきます。そして、それらを乗り越えたときの達成感が楽しさになり、自信がつき、何事にも粘り強くチャレンジしようとする心が芽生えるのです。
 こうしたチャレンジ精神があるかどうかによって、勉強するときも、将来仕事をするときも、そのスケールがまったく変わってきます。たとえば、マイクロソフトのビル・ゲイツも、子どもの頃から現在に至るまで、スキーや登山、岩登りなど、自然のあそびを徹底してやり続けています。普通の人が思いつかない、次の時代をリードするような想像力をもつ人は、冒険的なことをくり返し行っている人が多いのです。それは、自然の体験の深さが、勉強で得た知識のもうひとつ先にある何かを見いだせる、重要な要素になっているからだと思っています。

第1回アラスカ少年少女キャンプ(1978年頃)

親のあそび体験が子どもに及ぼす影響

 最近は、どこに行ってもゲーム機やスマートフォンをいじっている子どもが多くなっていますが、一方で、親のほうも自然遊びを経験したことのない人が増えています。じつは、子どもの自然遊びのスケールは、親自身のあそび体験によって大きく違ってくるのです。アウトドアレジャーでは、親や引率者などのリーダー役が子どもを見守りながら、危ないときに注意したり止めたりすることがとても重要です。ところが、同じ経験をしたことがない人には、本当に危険なこととそうでないことの違いがわかりません。すると、子どもの遊ぶスケールが小さく制限されてしまうのです。
 私は父がスキー界の草分けだったので、自分自身はもちろん、自分の子どもたちとも、大自然のなかで親子一緒に遊ぶ機会に恵まれてきました。けれども、現代ではそれがなかなか難しい。キッズキャンプはそうした状況の穴埋めをする役割も担っています。
 けれども、人間はどんなに年を取ってからでも体を鍛えることは可能なので、これまで体を動かす体験を重ねずに大人になった人も、諦める必要はありません。先日、次男の豪太(プロスキーヤー、博士[医学])が、中高年向けに10才の若返りをテーマにしたキャンプを行ったのですが、60代、70代の人がライフジャケットをつけて川の中に入ると、10才若返るどころか10才の子どもに戻って、滝に飛び込んだり魚を追いかけたりしながら川遊びを始めたそうです。このように、自然というものは、あらゆる感覚、感性を新鮮にして、年令を問わず誰もが夢中で遊びたくなる力をもっています。ですから、旅行や散歩の延長と考えて、大人も気軽にチャレンジしてください。

キリマンジャロに登頂する三浦家の人々(1981年)

自主性を引き出す親子のコミュニケーション

 私には3人の子どもがいます。わが家では子どもが幼稚園に上がる頃になると、一緒に富士山に登っていました。当然、幼い子どもが登頂することはできませんので、半分担いで登るのですが、その頃から山道を歩いたり走ったりしながら、冒険がスタートしているわけです。すると、小学生の上級生になる頃には、子どもたちだけで計画を立てて、近所の山に登るようになっていきました。こうした行事は、次の世代にも受け継がれています。最近では、孫が百名山をすべて制覇するという目標を立て、週末になるたびに家族一緒に登山に出かけています。  これは、子どもたちが自主的にやっているのであって、親がやらせているわけではありません。山の楽しさを子どもたち自身が知っているから、また登りたくなり、もっと楽しめるように、自分たちで工夫したり計画を立てたりしたくなる。このくり返しが、自主性を育んでいるのです。
 私は子どもと遊ぶときに、スポーツとあそびの境目を意識していません。自然と接するすべてが冒険であり、壮大なあそびであり、人間という動物が生きる力を得るために欠かせないことだと思っています。いい大人とは、そうしたあそびを子どもと一緒になって楽しめる人ではないでしょうか。

2013年5月23日、史上最高齢のエベレスト登頂を果たした三浦さん。

意欲を呼び起こすには少し高めの目標を

 自然のなかで遊ぶということは、大人が思っている以上に、子どもの可能性を広げてくれます。山登りは苦しいことや、辛いことがたくさんありますが、それを乗り越えたときの喜び、そこで見る景色の美しさは、何ものにも代えがたいものです。そして、その楽しさをもっと味わうために、さらに上のレベルを目指そうとする意欲につながっていきます。たとえば、スキーはその典型です。やっとの思いですべり降りたという達成感を味わうと、何度も何度もやってみたくなる。すると、どんどん難しいコースにチャレンジしたくなるのです。
 これは、小さな子どもであっても同じです。熱中してやれることを、とにかくどんどんやらせてあげる。そして次に、できるかできないかギリギリのところに目標を設定する。そのくり返しです。まずはやってみたいと思うことを見つける。そして、思うだけで終わらせずに、実践しつづけることが何よりも大切です。
 人間は、目標を失うと体も心も蝕まれていきます。私は60才で一度引退したのですが、体力や活力が失われ、生活習慣病にまでなりました。このままではいけないと思い、再びエベレストに登頂するという目標を掲げたのです。すると人生がリセットされ、次々と新たな目標が生まれてきました。最高令でのエベレスト登頂を無事果たしてから4年。来年はヒマラヤからスキー滑降に挑戦する予定です。まだまだ冒険は続きます。

この記事は、あそびのもりVol.49 Autumn/Winter 2017/2018の記事です。

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