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健やかな脳を育むには胎児期、乳幼児期、思春期の かかわりがとっても大切

Vol.50 Summer/Autumn 2018

人の思考や行動を支配している「脳」。発達段階にある子どもたちの脳には、かかわる大人たちの言葉がけ次第で良い変化をもたらすことができる、と近年の研究でわかってきています。

友田明美
医学博士。熊本大学医学部医学研究科修了後、同大学大学院小児発達学分野准教授を経て、2011年より福井大学子どものこころの発達研究センター教授に就任。『虐待が脳を変える』(共著)など、著作も多数。

日常の何気ない行動が子どもたちの脳を傷つけている⁉

人の思考や行動を支配している「脳」。発達段階にある子どもたちの脳には、かかわる大人たちの言葉がけ次第で良い変化をもたらすことができる、と近年の研究でわかってきています。
 私は、30年近く小児精神科医として、多くの子どもたちとかかわり、脳の変化についても見てきました。生まれたときにはわずか300グラムしかない人間の脳は、ゆっくりと成長し、時間をかけて生きるすべを学んでいきます。

その発達段階において、もっとも重要なのが、胎児期(妊娠中)、5歳ぐらいまでの乳幼児期、そして10〜15歳ころの思春期です。これらの時期に、親など身近な存在から適切なケアと愛情を受けることこそが、健康な脳を育む上で必要不可欠となります。

 これらの時期に適切なかかわりを持たないことを、私は「マルトリートメント(不適切な養育)」と呼んでいます。子どもたちの脳は、嫌な体験やストレスから逃れようと、自ら変形してしまうのです。子どもの脳に影響するマルトリートメント、これはいったいどのようなものか、いくつか例をあげてお話ししていきましょう。

 忙しいとき、静かにしていてほしいときなど、スマホを与えておけばと、子どもにスマホを渡したことはありませんか? 育児に欠かせないツールとして活用されている親御さんも多いかもしれません。私たちの生活になくてはならない存在となってしまったスマホが、子どもたちの脳に与える影響はかなりなもの。

 この「スマホ育児」、脳の脳梁(のうりょう)を減少させ、コミュニケーション能力が低下してしまうことがわかっています。絶対に見せてはいけないというのではなく、与えるなら30分以内など、時間を決めておくことが大切です。さらに注意したいのが「過干渉」。子どもが、ある程度身の回りのことができるようになってきているのにもかかわらず、あれやこれやと細かく確認して世話をやき過ぎると、危険や恐怖心を感じる脳の扁桃体(へんとうたい)が減少し、大人になってからもビクビク怯えてしまうようになってしまいます。兄妹やお友だちと比べるという行為も避けたいところです。
「〇〇ちゃんはすごいね」など、誰かと比べられることで、喜びや快楽を感じる脳の線条体(せんじょうたい)が傷つき、将来、アルコール依存や薬物中毒のリスクが増すことも。子どもは一人一人さまざまな個性を持っていますから、誰かと比較するのではなく、その子個人と向き合うことが大切なのだと思います。

 小児精神科医として多くの子どもたちの発達を診察してきたこの30年間、私にも二人の娘がいて、仕事と育児を両立してきました。今となっては、わが家の娘たちも無事に成人し、むしろ私の頼れる存在です。ですが、自分の育児を振り返ったとき、よい母親だったかといえば、そうではなかったことの方がきっと多いだろうと思います。子育てと仕事の両立。口で言うのは簡単ですが、実践するのは非常に難しいことです。目の前にいるわが子が、なぜこんなに泣いているのか、どうして言うことを聞いてくれないのか、理由もわからず感情をぶつけられ、うんざりしたこともあります。

 子育ては、ほとんどの親御さんにとって初めての経験であり、毎日が試練の日々。私自身も、トライ&エラーの繰り返しでした。多くの親たちは、そういった日々の繰り返しの中で、子どもへの接し方や愛情のかけ方を学んでいくのだろうと思います。

 また、現代の親御さんたちは、昔のように祖父母や親せきと一緒に子育てをすることはなく、ほとんどのご家庭は、両親と子どもだけで暮らしている核家族です。子育ての本能は備わっているけれど、子育ての方法を知っているわけではありませんから、母乳は教わらないとうまくあげることができず、離乳食はいつから始めればいいのか、オムツはいつごろ外せばいいのかもわかりません。少し前までは、周囲の子育て経験者の教えを聞いていればよかったけれど、核家族が増えた今は、教えてくれる人は少なく、代わりに本や雑誌、SNSなど、あらゆる情報が簡単に手に入るようになったことで、親たちにさらなるプレッシャーを与える結果にもなっているようです。

たくさん褒めることと愛着(attachment)で親子の絆を深める

こんなとき、私がいつもお薦めしているのが、自分たちが住んでいる街のお年寄りたち、または子育て支援など国や自治体が運営している施設の利用です。子どもたちのいちばん身近にいる親御さんたちに心に余裕がなければ、子どもへ十分な愛情も注げません。
まずは、お母さんやお父さんが、気持ちに余裕を持つことが大切です。もうひとつ、子ども時代に「愛着(attachment)」をいかに築くかが、その後の人生、とくに精神面において重要だということもあきらかになっています。子どもは、生まれてから5歳くらいまでに、親との間に愛着を形成し、これによって得られた安心感や信頼感を足がかりにして、周囲の世界へと関心を広げ、認知力や豊かな感情を育んでいきます。赤ちゃんは親が自分から離れていったとき、ハイハイをして後を追っていきます。そのとき、親も愛情をもってこたえることで、安定した愛着が形成され、親の存在は子どもにとって「安心できる安全な場所」となります。

 してはいけないことばかりで「うちの子、大丈夫かしら?」と思われた親御さんのために。そうはいっても、子どもたちの脳はやわらかく柔軟。今からでも遅くはありません。ぜひ、たくさん褒めてあげてください。子どもの言った言葉をやさしくオウム返しにすることも大事です。これは自分が言ったことを相手がしっかり理解したことを意味し、脳の最高司令部である前頭前野が正常化するということがわかっています。大変なことも多い子育てですが、子どもたちはどんどん大人へと成長していきます。今しかない、かけがえのない時間をぜひ大切にしてもらえたらと思います。

この記事は、あそびのもりVol.50 Summer/Autumn 2018の記事です。

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