- いとう・とよお
- 伊東豊雄建築設計事務所代表
- 1941年現・韓国ソウル市生まれ、長野県育ち。東京大学工学部建築学科卒業後、1971年に独立。日本建築学会賞作品賞(シルバーハット(*4)、せんだいメディアテーク)やヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞など受賞多数。東京大学や多摩美術大学等で客員教授。東日本大震災以降、被災地支援プロジェクト「みんなの家」を推進。
頭で学び、手を動かし、心が動くように
「伊東建築塾」をはじめたのは、これからの時代や社会から求められる若い建築家を育てたいと思ったからです。その背景には、建築自体よりコンセプトを重視する大学での建築教育や「すごいものをつくりたい」という建築家の考えはエゴであり、今の時代や社会のニーズとずれているのではないかという問題意識がありました。
理論や理想を振りかざすのでなく、まずは生活の原点に立ち返り、もっと社会に対して心を開き、「誰のための建築か」と問い直すことで真のニーズを感じとれるように、建築家自身が変わらねばならない。塾はそんなことを考える場でありたいと思っています。
「子ども建築塾」を加えたのは、あるとき美術館の依頼で子どもを対象にしたワークショップをやってみたら、みんな溌剌として、大人を対象にするよりもおもしろく、「一日だけでなく、一年を通して建築について考えてもらったら、一体どうなるだろう」と思ったのがきっかけでした。
カリキュラムは「いえとまちって何だろう?」というテーマにそって、建築の基礎知識から、設計や模型制作、プレゼンテーションの仕方まで、建築学科の大学生が経験するような内容を一通り経験できるようになっています。
子どもたちの理解力は高く、模型のつくり方や縮尺など技術的なレベルアップもすばらしい。縮尺100分の1の模型などもすぐにつくってしまいます。講義で学んだ概念を、ワークショップで実際に手を動かして実体験することで、しっかりと理解し使いこなせるようになるのでしょう。
ただ僕としては建築技術の教育よりも、もっと感性を伸ばすようなことをやりたいと思っています。建築に特化するのでなく、もう少し一般的な、感受性豊かな子になってくれることを目指しているのです。
左. ある日の子ども建築塾 : 講義とワークショップで構成され、1年で建築の基礎知識と技術を体験できる。
右.伊東塾恵比寿スタジオ : 建築を語り合うサロンとして2013年夏に完成。 ©KAI NAKAMURA
常識を超える刺激に、ダイレクトに反応
おもしろかったのは、ある建築家がデザインした家を見学したときのこと。全面ガラス張りのデザインなので周囲から丸見えという奇抜な家を見て、子どもたちはとても驚いたようでした。対応してくれた家主に対し、「なんでこんな変な家を頼んだんですか」「あんなお風呂、入れないでしょう?」といった率直な質問まで飛んだほど。「すごく楽しいし、慣れれば、お風呂も気持ちがいい」という家主の答えにも、子どもたちは怪訝そうな顔をしていました。
ところが、一週間後の授業で「住みたい家」を描かせたら、広々として気持ちよさそうなお風呂や、天井から光が差し込むシャワールームなど、ガラスの家で見たことがあちこちに“直輸入”されていました。子どもは本当にダイレクトに感化されますね。はじめは、「家って、こういうもんじゃない」って常識的にとらえていても、何かしら気に入った部分を見つけて「こういうのも、ありなんだ」と感じると、そこで急に発想が広がるんでしょう。
塾で学ぶうちに、社会性を身につけた子もいます。たとえば、すごくシャイな男児で、はじめの頃はなかなか自分を開かず、発表の時間でも前に出たがらない。出ても、照れ隠しなのかぶっきらぼうな言葉遣いで、家のデザインも一人で住む家しか描かない。でも、一年後には発表もできるようになり、絵も何人かで一緒に住める家に変わっていました。塾をやっていて、こんなところにも手ごたえを感じます。
内にこもる男子 VS 社会性の高い女子
おもしろいといえば、男女差もけっこう見られます。「自分の住みたい家」を描いてもらうと、基本的にはファンタジーに富んでいますが、男の子はアニメの影響が強いのか秘密基地のような一人で住む家がほとんど。社会的なことは眼中になく、家族の部屋もありません。女の子は開放感のある家を描く傾向が強く、社会性もあり、コミュニケーション能力も高いように感じます。
「生き物と一緒に暮らす」という絵を描かせたときも、男子には動物を移動手段に使った子もいましたが、女子は「動物の気持ちになって考えた」といった対等な目線での提案が多かったのです。
柔軟な発想にも驚かされます。たとえばある女の子は、東京のビル風を利用してブランコを動かすなど、「ビュンビュン 風と遊べる公園」を考えました。マイナスにとらえがちなビル風をプラスにとらえた視点がすばらしい。こんな発想には僕も刺激を受けるし、気づかされることもありますね。
「伊東賞」受賞作品 : 子ども塾生は卒業までに設計図と模型を制作・発表し、優秀作品には 「伊東賞」が授与される。2012年度の課題テーマは「渋谷のまちの建築」だった。
子どものためのみんなの家
塾を開講する直前、東日本大震災が発生。僕は東北支援プロジェクトを立ち上げ、被災者が交流できる場としての「みんなの家」(*5)の建築に取り組んでいます。その一環で去年一月、宮城県東松山市「こどものみんなの家」をつくりました。600戸ほどの比較的大きな仮設団地の中にあり、子どもたちが喜んで使ってくれています。
被災地の親たちは子どもたちの将来を本当に真剣に考えていて、希望を聞くとどんどん出てきて驚かされます。それだけ切実なんでしょう。少しでも支援できたらと思います。「みんなの家」は現地の人の声を聞きながら、一緒になってつくる点も楽しい。これからも取り組んでいきます。
今年四月には屋内型の子ども広場が福島県相馬市に完成する予定です。避難地域ではありませんが、放射線の風評被害で子どもたちが外で遊びにくい環境にありました。広場は「みんなの家」より少し大きく、子どもたちが走り回れる広さです。
僕自身も田舎育ちで、放課後は毎日、親が呼びにくるまで外を走り回ったり、野球に夢中でした。当時から建築家を目指していたわけではありませんが、思いきり自然のなかで遊んだ経験は、今に生きているように思います。子どもには思いきり遊べる時間と場を与えてあげたいですね。